第15話 S級美女と喫茶店
晴也にとって、"少女漫画"を読むことは限りある趣味の中の一つである。語り合える家族や友達がいないために、これまでひっそりと一人で楽しんできたのだが、このときは誰かと語り合えることの楽しさを実感していたようだ。
「———ですよね! いやぁ、あのシーン凄く感動したんですよ、俺も」
「……そう、ですか。つくづく話が合いますね」
スーパーマーケットで買い物を終えた後、少女漫画の話で盛り上がっていた二人は、もっと語り合おうと近場の喫茶店へと寄っていた。
テーブル席で晴也と結奈は向かいあいながら、少女漫画の話でずっと賑わっている。
結奈は"語り合いたい気持ち"と、"初対面の男の人に心を開くことへの抵抗"がせめぎ合っていたが、前者の気持ちの方が強かった模様。
まだ、フレンドリーとまではいかないものの少しずつ口数が多くなっていた。
「"少女漫画"とか家には何冊ぐらいあるんですか?」
「数え切れてはないですけど、3桁はいってるかもです」
「やっぱり! いやぁ……仲間がいるってこんなに嬉しいことなんですね」
「………っ」
晴也は破顔させ、歯を見せて笑いながらテンションを高める。これまで同志と言える者達に出会っていなかったことが影響しているのだろう。胸の高鳴りと高揚感が晴也の身体を包んでいた。
————それから、暫く"少女漫画"の話が続いていき、ほとぼりが冷めてきた頃。
少しだけ彼女と距離を詰めれたと判断した晴也は"日常的"な話題に切り替えた様子。
コーヒーを一口啜ってから、何気なく結奈に問うのである。
「———ところで、"少女漫画"みたいな事って実際に起こるんですかね?」
最近、晴也が気になっているトレンドの一つ。佑樹の話や女子の話を聞く限り、クラスのS級美女は"少女漫画"の様な出来事を経験している様だった。そのため、容姿が優れている女の人は"少女漫画"の様な事が実際に起きているのか、晴也は気になっていたのだ。
正対するこの女の人も、晴也は口には出さないものの、美人であると感じている。
つまり、聞く相手に不足はかったのだ。
結奈は一瞬だけ考える素振りを見せたものの、すぐさま即答した。
「実際には少女漫画みたいなこと。現実にもあるみたいです」
「……やっぱり、あるものなんですね」
「はい。私の友達なんかがまさにそうで」
くすっと笑いながら、結奈は口に指を当てた。愛想のない顔をずっとしていた彼女の笑うところを初めて見たものだから、晴也は一瞬固まってしまう。
『ん?』と不思議がる結奈を前に、晴也はコクリ、と頷いて続きを催促した。
「それで、その友達がどうされたんです?」
「あぁ……すみません。それで、その友達の話なんですけど———」
面白い、というよりは心配そうに、それでいて羨まがる風に、結奈は語り出した。
友達が紳士な男子にナンパから助けてもらったこと。デパートで遭遇したこと。そこでも、紳士らしい振る舞いをされたこと。体育の練習にも付き合ってもらったこと。そして、その男子を探しているということ。
端的にまとめると以上の内容を結奈は晴也に話したのである。
晴也は、
(自分も似たようなことあったけど、そんな紳士でもないからなぁ。つくづく自分が情けなくなる)
と、自身の不甲斐なさを呪っていた。
そんな中、結奈が楽しそうにその友達のことを語るものだから、心底その友達のことが好きなのが伝わってくる。晴也は頬を緩めながら、コーヒーをまた一口啜った。
「……その男の人、見つけられるといいですね」
「はい、私もその子の恋を応援してるので」
「いい友達を持ってますね」
「はい、ホントに沙羅は良い子で……」
「いえ、その友達の話です。貴方みたいに友達想いの方が友達で良いなと思いました。羨ましいです」
「………っ」
心の中で、"少女漫画も趣味みたいだし"と付け加える晴也。別に他意はなかったのだが、結奈は途端、顔を赤らめだした。
「……ちょ、ちょっと飲み物を注文しに行ってきます」
「え、まだジュースかなり残ってますけど」
結奈のコップを見れば、まだ飲み物は8割がた残っていた。不思議がるものの、結奈はますます顔を赤らめて声を細めるのだ。
「……いいから、飲み物注文してきます」
「そ、そうですか」
たしかに、飲み切ってはいなくとも他の飲み物が飲みたくなることもあるか、と一人内心で納得する。
結奈が席を外したのを確認すると、晴也は壁に背中を預けてくつろいだ。
(……少女漫画好きの友達がいるっていいよなぁ……)
♦︎♢♦︎
結奈が一人で、飲み物の注文をしに会計に向かっている時————。
(……好きな事を語り合えるって凄く楽しい。勿論、沙羅と凛といる時も楽しいんだけど……それとは違う楽しさがあるっていうか)
自身の好きな少女漫画の話で盛り上がれたこと。そして、楽しそうに話す彼の顔を想い浮かべる。
(………純真無垢な笑顔だったな。悪意が全く混じってなかった……それに)
『いえ、その友達の話です。貴方みたいに友達想いの方が友達で良いなと思いました。羨ましいです』
(全く……何で私は緊張してるのよ。でも、初めてだった。容姿以外のことで異性に褒められたのは……)
晴也のこぼした言葉が、頭に染み付いて離れてくれない結奈。店内は冷房が効いており、涼しい温度調節がなされていたが、結奈の熱を帯びた身体が冷めるには不充分であった。
「あ、あの……お客様? ご注文は」
「えっ……あっ、すみません……コ、コーヒーで」
まだ本人は気づいていないものの、結奈は後にしまったと失念することになる。子供舌な結奈にはコーヒーが飲めないのだ。
なら、何故———結奈はコーヒーを頼んでしまったのか。
それは、頭の中が晴也のことでいっぱいになってしまったからである。
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