第3話 聞き耳たてる美女の会話

 凛、結奈、沙羅の三人が恋バナにふけっていたときと同時刻―—。

 晴也はクラス内で空気と化しており、一人寝たフリをし続けていた。晴也の耳に度々入ってくるのは、楽しげに雑談するクラスメイト達の声。もちろん、その中には凛、結奈、沙羅の三人の声も含まれている。


(……昨日買ったコミック面白かったなあ)


 そんなクラスメイト達の談笑をよそに、晴也は昨日買った漫画の内容を思い出しては内心で笑っていた。

 一人、自席に座り込んで寝たフリをする晴也はるやを気にかける者は誰もいない。人畜無害の空気モブとしてクラス内では過ごしている晴也である。

 だが、『極力目立ちたくない』を信条にしている晴也にとって、この境遇はそこまで悪くないものだと考えていた。


 何より誰かと一緒にいるということは、一人の時間が減ってしまうことであるし、"付き合い"とかいろいろ考えたり、嫌われて"イジメ"とかに発展する可能性を鑑みるに——一人でのんびり過ごしている方が気が楽でしかない。


 そんな性分をしているから、晴也がクラスで空気扱いされてしまうのは必然のこと。自席でニヤニヤとしながら、昨日のことを振り返るのだ。


(……それにしても、昨日のコミックは当たりだったなぁ……ありきたりな展開ではあったけど)


 誰にも明かしてはいないが、晴也にはちょっとした秘密がある。それは、"少女漫画"の収集。

 新作が出ては、ひっそりと買いに出て自室でニヤニヤしながら楽しむのである。昨日、デパートに向かったのも、新作の少女漫画を買うためという名目に他ならなかった。


(……でも、王道の展開はやっぱりいい。チャラ男から主人公を守るシーンとか萌えたなぁ)


 気づけば口角から笑みが溢れかける晴也。それほどまでに"少女漫画"が面白かったのだろう。

 一人、内心で悶絶としていたようである。

 だが、晴也の気に入った少女漫画のワンシーン。チャラ男から主人公を守るという一コマ。

 それは、昨日の出来事を振り返れば必然的に自身のとった行動と"重なる部分"が思い当たるものである。


(昨日は色んな意味で凄かった……。ホント少女漫画のワンシーンみたいだったな。俺は情けないことに震えることしか出来なかったけど)


 晴也が振り返るのは、言うまでもないが昨日、"裏ルート"でナンパされている女子を半ば助けた出来事。

 トホホ、と自分の不甲斐なさを思い返し晴也は落胆するも———その直後である。


『————ですけど……困ってた矢先、その怖い男の人をカッコいい方が撃退してくれて……』


 ピンポイントな話題が自席の近くから聞こえてきたのだ。

 晴也の耳に入ってくるのは、姫川沙羅の声。

 自身が振り返っていた話題と酷似した内容であったため、思わず聞き耳を立ててしまっていた。


(……へぇ。俺以外にも、このクラスの女子でそんな経験をしていた人がいたのか。案外、ナンパって普通に横行しているのかもな)


 ナンパなんてフィクションの世界だけのもの。そんな風に捉えていた晴也の常識が覆えされる。寝たフリを継続しながら、話を聞いていくとどうやら自分と同じ感想を持つ者もいたらしい。


『な、なにそれ……少女漫画みたい』

『え〜〜、いいな〜』


 結奈そして凛が続けて驚きの声を上げる。

 少女漫画みたい、と言う結奈の感想に胸中で共感しまくっていた晴也。


(……いや分かる。少女漫画みたいだよなぁ。そんなナンパとかさ……。よかった、俺以外にも同じ価値観の人がいたみたいで)


 ホッと胸を撫で下ろすものの、続く沙羅の発言から晴也は興奮を起こしてしまうのだ。

 少女漫画好きの一人として。


『それに……。私を守る、といった意思を強く感じました。その後のフォローも優しくて……ホントカッコいい方でした』


 自分とは大違いだ、と感心してしまう晴也。

 盗み聞いておいてあれだが、この女子を助けた男は少女漫画の王子様みたいだと晴也は感じていた。


(……すごいな、ホントに運命の人って感じじゃないか。現実にもこんな少女漫画みたいな展開が転がってるなんて、世界って広い……)


 興奮して取り立てる彼女の取り巻き(凛と結奈)を見るに、自分と同じ感想を持ったのだろう。そこから、気持ち悪いかもしれないが妄想に耽りだす晴也である。


(……そのクラスの女子と、助けた男が再開して……仲良くなっていって……。で、今度はライバルが現れて……やばいな、いくらでも展開が出てくる)


 そんな風に他人事ひとごと感覚で、妄想を楽しむ晴也であるが本人に知る由はない。

 その助けた張本人が、何を隠そう晴也自身であるということを。


 高校生活が始まってまだ間もないということも影響しており、そして、クラスの内情や関心ごとに全く興味を示さない晴也であるからこそ、クラスのS級美女を助けたことに気づけないのである。

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