第17話 S級美女と帰宅

 歩いて20分ほど経てば、失礼な話かもしれないが、どこにでもありそうな一見寂れたアパートの前へ晴也と結奈はたどり着いた。

 決してボロいという訳ではないが、お世辞にも綺麗と言える程でもない。つまり、庶民的でエコ的な物件である。


「……私の家、ここだから」

「あ、そうなんだ」

「何その意外と言いたげな反応は……」


 むっと一瞬顔をしかめた後、結奈はそっぽを向いた。まるで、馬鹿にされてるとでも思っているかの様な反応である。実際のところ、晴也は馬鹿になんてことしてはいないのだが。


「いや、そういうことじゃなくて……もう着いたのかっていう反応だったわけで」


 慌てて取り繕うと、結奈は静かにふっと笑ってから小悪魔っぽく溢した。


「ごめん、冗談……。馬鹿にされてる、なんて思ってないから」

「良かった……。一人暮らしの大変さなら、俺よく知ってるからさ」


 一人暮らしをこなせているだけですごい、と感心した瞳で、結奈を見つめると彼女は黒髪を靡かせてぷいっと再びそっぽを向く。


(まずい。また不機嫌にさせたのか? いや、ホントに一人暮らしをそつなくこなせてるだけで凄いことなのに……)


 結奈をまた不機嫌にさせた、と疑ってしまった晴也は誤解を解こうと真剣な顔を向けて結奈に言葉を送るのだ。


「一人暮らしって、やってみたいとか羨ましいとか言われがちだけど実際は凄く大変なことだから、さ」

「…………」

「一人で自炊したり、掃除したり、中々出来ることじゃないと思う」

「…………」

「俺なんかは全然その辺が出来てないからこそ、余計に凄いと感じるんだ……」

「……っ。もういい。分かった……分かったから。あんたはちょっと黙って……」


 実際、本心から感じていることを伝えているだけなのだが、頬に熱を帯びた結奈はか細い声で反論してくる。黒髪をくるくると指で巻きながら、どこか落ち着きがないところを見ると、晴也としては不安になってしまう模様。

 再び、結奈のことを褒める様に口出しするとやがて彼女は下を俯いた。


「も、もう……私、帰るから。今日はその色々とありがと」

「いやこちらこそ、今日は楽しめたからありがとな……」


 思い返せば、楽しいことばかりだったと晴也はつくづく感じる。

 何より、"少女漫画"の話で熱中できたことが大きな収穫であった。


『一人でいる方が気楽でいい』


 そんな信条を掲げる晴也でも、趣味を語り合える人がいることは捨てたものではない、と思えている。それほどまでに盛り上がれたのだ。


「……私も楽しかったから。と、いうことでそれじゃあ」

「うん、それじゃ」


 互いに別れの言葉を投げ合って、立ち去る晴也。これが二人の別れかの様に———思えたのだが、途端、晴也のお腹が盛大に鳴ってしまう。思えば、ろくに今日は食事ができていなかった。

 少女漫画の話に熱中していたからこそ、腹の空き具合に意識が回らなかったが、今や身体の方が限界を迎えたのだろう。

 ぐぅ〜と腹の虫が鳴り止んではくれずにいる晴也である。あまりの恥ずかしさに晴也は、すぐさまその場を立ち去ろうとするものの———


「——待って。お腹空いてるんだったら、食べていく?」


 晴也の背後から、そんなクールじみた声が聞こえてきたのである。


「え、いや……それはいくらなんでも悪いというか」

「食事のことそっちの気で、話し込んじゃった私にも責任はあるし」


 ———いや、でもと否定したいところだったが腹の虫がこの最悪のタイミングで再び鳴り出した。恥ずかしさから、顔には熱が帯び、思考も鈍らせてしまう。


 結奈としては、先程自分を褒めちぎって恥ずかしい思いをさせた罰、とでも思っているのか晴也を自宅に招待する気満々であったのだ。

 なかなか、首を縦に振らない晴也に対して結奈は後押しさせる話題を振った。


「それに、私……少女漫画たくさん家にあるし、気になる物とかあるなら全然見せるけど」

「………っ」


 少女漫画。その単語に思わず反応しそうになっては、晴也はぐっと堪えた。

 だが、結奈は晴也をますます逃したくなくなったのか晴也の手首を掴んでくる。


「今回だけ……だから。大人しく私についてきて」


 か細くそして弱々しい声音は有無を言わせないものだった。

 晴也は抵抗したかったものの、思考も鈍っていたせいか、結奈に引っ張られるまま、彼女の家へと招待されることになる。


 ————晴也ともう一人のS級美女との出会いは終わりかの様に思われたが、神の悪戯いたずらかまだ続きそうだった。

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