第18話 S級美女と食事

「ごめん、あんまり片付いてはいないんだけど……」

「いや、全然気にしないし……というより断然、綺麗というか」


 結奈の家に上がってからのこと。晴也は観念して、彼女の自宅に足を踏み入れたが早速入らなければよかったと後悔する羽目にあっていた。


 晴也とて立派な男子高校生。年齢の近い女子高生の家、それも一人暮らしの美少女の家ということも相まって緊張しないわけがなかった。

 異性の家に上がるのも、これが初めての体験であるため尚更である。


「あんまりじろじろ見ないで……。なんか、照れるからさ」

「……ごめん」


 見慣れない部屋の造りに、埃一つない家具の数々を見ていくと結奈が咎めてきた。晴也自身、彼女の家の中が気になって……というよりは、落ち着かないから視線が泳いでいたのだが家主に言われた以上、従う他あるまい。

 内心でそわそわとしながらも、身体を落ち着かせているとやがて結奈の方から、か細い声で声をかけてきた。


「とりあえず、ご飯作るから……その間そこの棚の中に、漫画入ってるから見てて」


 本棚に陳列しているというわけではなく、どうやら引き出しの中に収納しているらしい。

 青の瞳でキリッと示しては、結奈は家庭的なエプロンを身につけだした。ピンク色の女の子らしい彼女のエプロン姿はサマになっていると思わず晴也は感じる。


「俺も手伝うけど……」


 流石に彼女が料理している間、一人で趣味に耽るのは申し訳がたたなかったためそう申し出たのだが結奈は青い瞳をより細めだしこう溢すのだ。


「あんた、冷凍食品とカップラーメンに頼ってるんじゃなかったけ?」

「………」

「自炊できるか怪しいなら、私一人で作った方が早いし効率的だから」

「………」


 否定したいところだが、生憎と彼女の発言は正論でしかなかった。

 勿論、料理を嗜むことはない晴也だが全く持って自炊が出来ない訳ではない。簡易な料理なら、危なげなく作れるが普段から自炊に励んでいる彼女の手際からすれば……足を引っ張ることになるのは自明であった。

 申し訳なさが残るものの、押し黙ることしか出来ない晴也を見て結奈はそれが答えだと言いたいのだろう。

 一人で、トコトコと台所に向かっていった。


「あ、そういえば……アレルギーとか苦手な食べ物ある?」

「いや、特には……」

「そ。助かる。私のことは気にしないで、漫画の方見ててくれればいいから」

「…………分かった」


 観念して、晴也は結奈に言われた通りの引き出しを開けた。まだそわそわとしていて、落ち着きが見られない晴也だが、引き出しの中を見ればその緊張感も一気に吹き飛んだ様である。


(……これも、えっ、これも! どれも隠れた名作ばかりじゃないか……)


 まるで財宝を探る盗賊や海賊の様に、瞳を輝かし晴也はテンションを上げていた。

 引き出しの中に入っていたのは、言わずもがな大量の"少女漫画"。綺麗に整頓された数々の少女漫画はメジャーな物からマイナーな物まで多岐に渡っており、軽い少女漫画専門の書店なら築けそうな気がした。

 本一冊一冊に、透明なブックカバーを綺麗につけているあたり彼女の几帳面さも伺える。

 晴也は自分の知っている少女漫画と彼女が持っている少女漫画を照らし合わせて高揚感を味わいだした。


(これも……いいよなぁ。特にあのシーンなんかは。あっ、これも———)


 ———そこには、もはや借りてきた猫状態の晴也は存在していないのである。


♦︎♢♦︎


 しばらく経つと——と言っても、晴也からすれば全然時間が経った心地はしていないのだが、料理が運ばれてきた。

 気づけば30分ほどの時間が経過していた様である。


「———もう出来たから、そろそろ食べよ」


 クールげに黒髪を靡かせてふぅと一息つく結奈。いきなり声をかけられたものだから、晴也は一瞬だけ肩を震わせるも、彼女の顔を見ればホッと安堵した。

 気づけば生姜のいい匂いと味噌の香りが部屋の中で充満としている。少女漫画に没頭したせいか、その匂いに気づかなかった晴也だが、匂いに自覚すれば……本人の意識とは無関係にお腹が鳴り出した。


「……どうやら、絶好のタイミングだったみたいでよかった」

「節操なしでごめん」

「全然いいよ。むしろ、私の方から招待したんだし……あんたは気にせずのびのびとしてればいいんだから」

「いや、それは無理があるというか」

「ふふっ。という割には、少女漫画に食い入って我を忘れているほど、のびのびとしていたけどね」

「……………」


 ぐうの音もでない正論に再度、押し黙る晴也。彼女の指摘は的確すぎて思わず恥ずかしくなってしまう。結奈は感情の起伏があまり表にでるタイプではないのだが、このときは口角を少し上げていた。


「豚の生姜焼きと味噌汁。おかわりもあるから、お構いなく食べて」

「手作り、だもんな……」


 何を当たり前のことを……と、結奈は瞳を細めて訴えてきた。だが、晴也からすれば手作り料理を食べるのは久しぶりのこと。

 これまで、冷凍食品に頼ってきた身からすれば……温かい出来立ての料理が食べれることは至福の一言につきるのだ。


「……食べないなら、もう私が食べちゃうけど」

「いや、食べます。食べさせてください」


 お腹が減っていることも相まって、晴也はゴクリと固唾を飲む。眼前に広がる絶景の料理とそのホクホクとした匂いを前にして食欲が限界まで高まってきていたのだ。

 結奈は呆れた笑いを浮かべると、先に食べるように促してくる。


「い、いただきます」


 我慢の限界が来た晴也は、早めに挨拶を済ませ、湯気を立てている料理に手をつけた。


 ———勿論、料理自体お手の物で、大変美味しいものに違いないが、"空腹"という最高のスパイスが料理を極限まで美味しく仕立てていたに違いない。

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