第19話 S級美女と食事②

 結奈の料理を食べ始めると、晴也の箸が止まることはなかった。生姜焼きから口に運べば、豚肉の旨味と甘辛いタレの風味が口の中いっぱいに広がっていく。よい塩梅で作られた生姜焼きは、冷凍食品のとは全くもって格別だと痛感する晴也である。


 少々濃いめの味付けだが、ご飯との相性を高めるために敢えて彼女がそう味付けをしているのだろう。


「……どうかな?」


 無言でパクパクと料理を頬張る晴也に、結奈は不安が混じった視線を向けてくる。


「美味しい……」

「そ。ありがと」


 何の変哲もない感想を送ると、結奈は素っ気なくもほんのりと口角を上げた。食べ進める箸が止まらない晴也を見れば、胃袋を掴んだことは確認するまでもないことだが、やはり『美味しい』と口で伝えられる方が、本人としても安心するし何より嬉しいのだろう。


 箸で白米をちまちま摘みながら、こちらの様子を伺っていた結奈が本格的に料理へ手をつけだしてから、晴也はお椀を手に取り口につける。

 熱く湯気を上げている味噌汁をすすれば、ほんのりと香る味噌と特有のダシが口の中いっぱいに広がった。こちらも生姜焼きと同様に、思わず舌鼓を打つ味わいである。


(……美味しい。手料理がこんなにレベルが高いものだなんて知らなかったなぁ)


 これまで、インスタント食品に冷凍食品ばかりを口にしてきた晴也であるから、温かく家庭的な手料理に感動するのは人一倍のものだった。


 美味しい、と内心で何度も感動しながら幸福感に包まれていると結奈が無表情な顔つきでこちらを見つめていたことに気が付く。


「……気に入ってくれたみたいでよかったよ」

「本当に美味しくて、箸が止まんなくてさ」

「見てれば分かる。幸せそうに食べてるのが」


 相変わらず、クールに淡々と溢す結奈であるがどこか無表情の中に嬉しそうな一面が見え隠れしていた。作られた料理に『愛情』が込められているかは別であるが、素直に晴也が美味しそうに食べてくれているのが嬉しいのだろう。

 柔和な笑みをうっすらと浮かべる結奈である。そんな結奈を認めると、晴也は自身のしでかした失態にはっと気づいた様子。

 結奈が知る由はないが内情では、こんなことを思っていたのだ。


(……待て待て。冷静に考えて俺、料理に夢中になりすぎてろくに彼女に感謝できてなくないか? 美味しいってのも口にあまりだせてないし、食事中ほとんど無言で済ませてしまってるし……何より不安がらせてたじゃないか、俺は)


 安堵する結奈を見ると、晴也は内心で頭を抱え込んだ。端的に言えば、"気遣い"や"配慮"が足りていなかったのである。嫌な汗が額に浮かび出すと、晴也は取り繕うかの様に口を開いた。


「それにしても、料理がこんなに美味しいなんて思わなかった」

「なら、その反省を活かしてこれから自炊すればいいじゃない」


 インスタント食品や冷凍食品。普段、そればかりを口にするからそう感じるんだ、と溢す結奈であるが、晴也の答えとしては違っていた。


 晴也が自炊をしたとしても、ここまで舌鼓を打つ料理を作るのは難しいであろう。手料理を作るのに慣れたことから、蓄積されてきた味付けの工夫や、旨味の出し方、食材の活かし方。

 計算され尽くした結奈の手料理だったからこそ、晴也はここまで感動したのである。

 そこに間違いはなかったため、晴也はすかさず彼女の言葉を否定した。


「いや、俺が作ってもここまで美味しく出来ないよ。何たって、料理に感動したんだから」

「………」


 不意に、結奈の青い瞳がすっと逸らされた。

 そ、と遅れ気味に淡々と返答する結奈を認めると——不機嫌にさせたのか、と晴也は疑ってしまう。


(……やっぱり、もっと全面的に彼女に対して感謝しないと、だよな)


 無表情にくるくると黒髪を指で巻く結奈が視線を合わせてくれないことから、押し隠していた内面をもっとさらけ出そうとする晴也。口に出さなければ伝わらないこともあるのだ。きっと彼女の様子が少し変なのも、自分に非があるからに違いないのだから。


 気恥ずかしはあったものの、感謝することの方が大事だと、たかを括った晴也は押し黙って落ち着きが見られない結奈に以下のことを伝えていく。


 少女漫画好きな人とここまで接することができて本当に嬉しかったこと。喫茶店で思いの外、盛り上がれて実は内心でテンションが上がっていたこと。手料理がとても美味しくて本当に感動していたこと。

 ———そして、何より"出会えた"ことが嬉しかったということ。


 晴也が結奈に満足げにこのことを伝えると、結奈は下を俯きますます落ち着きが見られなくなった。


「やばい……また不機嫌になった?」


 つい口に出してしまったのは、それだけ結奈の表情が見えなかったからだ。折角、少女漫画好きな仲間が出来たのに、嫌われるのは晴也としては避けたかったのである。


 晴也の思わず口に出た言葉に青の瞳をぱちと見開いた結奈は気恥ずかしそうに振る舞う。


「……私、無愛想なとこあるけど不機嫌になったり、怒ったりなんかはしてないから」

「お、おう」

「それと………」

「それと?」


 一瞬、沈黙の時間が生まれる。結奈は覚悟を決めた顔をしては唇を少しだけ尖らせた。


「……あんたの気持ちは十分伝わったし、私も……その……同じ気持ちだから」


 結奈の顔はほんのりと赤みがかっていたが、耳は真っ赤に染め上がっている。妙にそわそわしている結奈を認めると、何て声をかければいいか晴也は分からず押し黙ってしまった。


 沈黙を貫く晴也を前に、結奈は「……二度とこんなこと言わないから」と有無を言わさぬ圧力で声をかけたのだった。

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