第34話 やばいやばいやばいやばいやばい
キュッ、キュッ——と靴が床に擦れる音。
ダン、ダンとボールが床に弾む音。
パシュ、パシュとシャトルがラケットにヒットする音。
そのどれもこれもが、晴也の機嫌を損ねていた。気分は沈みきり、先程から『はぁ』とため息ばかりを溢している。
何を隠そう、憂鬱な体育の時間だからだった。
体調はすでに回復し、風邪は治りかけている晴也だが念には念を、ということで本日の体育は見学に努めることにした様である。
ただそれはあくまでも建前の話であり、本音は違うところにあった。
(……新しいジャージまだ買えてないしなぁ。それに俺は半袖でバドミントンやる程の元気系じゃないし)
少しだけ肌寒さの残る春の季節。別に半袖短パンで体育をしようが違和感などないのだが、晴也からすれば違和感が拭えない様子。
『元気系』という称号が余程、自分に似合わないと決めつけているのか、長袖なしに体育はやる気が出ないのだろう。
身体を動かし、活気づく男子達をよそに晴也は前回の体育と同様に寝たふりをし始めた。
目をつぶって暫く経つとやがてトン、トンと肩を叩かれる。おおよそ、自分に構ってくる人物などここ最近は一人しかいないため、ゆっくりと顔を上げれば『やはりな』と晴也の予想は的中したので、そのまま寝たふりを継続しようとしたところで———
「いや、寝るなって」
佑樹に遮られてしまった。晴也の肩を叩いたのは言わずもがなであるが、佑樹である。
「また大したこともない話をしにきたんだろ?」
しっしっ、と手を振り持ち場に戻る様に晴也は促すが佑樹の表情からはどこか余裕が見られる。
「それがそうでもないんだよなぁ。ほらあれ見てみろって」
佑樹はネット超しのコート……つまりバスケに耽る女子達の方へと視線をよこした。
正直なところ、晴也は全然乗り気ではなかったが、佑樹の声の弾み具合から少しは気になったのか、そっとだけ女子達のコートへと目をやる。
「ん? なんか一人の女子に対して皆が群がってるな」
別に晴也自身、誰かを確認しようとしたわけではないのだが、女子のコートにおいて、一際目立っている人物がいたのである。
「ほら、小日向さんのところ見てみろって」
「………っ!?」
途端、目をぱちと見開いて晴也は固まる。佑樹の溢す発言に初めて驚き、そして関心を見せた晴也であった。
♦︎♢♦︎
「このジャージ、私の探している大切な人の物なんだ〜」
同時刻の体育館にて。数多の視線を引きつけている凛はほんのりと頬を赤らめながらそう告白していた。
普段は他の"S級美女"である沙羅、結奈としか連まない凛であってもこの時は他の女子生徒達から囲まれている現状である。
当然であった。これまで、"言い寄られること"はあったとしても自分から"言い寄りたい"相手のことを大っぴらに告白したのは初めてのことなのだから。
『小日向さん、その相手ってどんな人なの?』
『え、いつどんな出会い方したの!?』
『聞かせて聞かせて!』
先程まで、クラスのイケメン男子、相良に釘付けとなっていた女子生徒達までもが凛に食いつく様に質問攻めを行なっている。
それほどまでに、恋バナに関心があるのだろう。まるで噂が広まることを狙っているかの様に、包み隠さず凛は質問に対して答えていた。
(……同じ高校、ましてや学年まで絞れてるんだから。こうしていれば、必ず彼にも伝わるはずだよね〜)
晴也のジャージをダボっと着崩しながら、内情ではそんな考えを持っている凛。
なかなか学校で出会えないことにとうとう痺れを切らしたのか、手段はもう選ばないことにした様だ。
(嫌にでも、向こうに伝えさせてやるんだから)
♦︎♢♦︎
「赤崎のそんな驚いた顔初めてみたけど、お前大丈夫か〜?」
固まってしまっていた晴也を、心配してか佑樹は晴也の顔の前で手を振って意識を呼び戻させる。
はっとし、首を振って下を俯く晴也に佑樹は続けて溢した。
「小日向のあの萌え袖ジャージ、インパクトすごいって話をしようと思ったんだが……どうしたんだ? 赤崎」
顔色が優れないぞ、と訝る様に佑樹は顔を直視してくる。晴也の心臓は佑樹の知る余地ではないが、バクバクと高鳴っていた。
一見すると分からないが、実のところ頭も真っ白な晴也。そして、得体の知れない恐怖が身体の中で渦巻いている。
一言で言って、『やばい』という語彙力のない単語が心の中で反芻され続けていたのだ。
(……あのジャージ)
晴也が目をやったのは、凛の着込んでいるジャージである。裾の部分から糸がほぐれ、だらしなく一本だけ糸が垂れているのは自身のジャージと認めざるを得ない情報。そして……。
(あのダボダボの感じ……俺がジャージ貸した時の子とまんまじゃないか……)
凛と出会うきっかけとなった雨宿りをしたあの日。目に映る彼女があの時出会った彼女だと本能が訴えていたのである。そこで思わず晴也はここで初めて、"S級美女"の顔を確認した。
桃色の髪。
ピンクの瞳。
小さな体躯。
そして、あのダボっとした感じのジャージ姿。
そうであって欲しくない、と思っていてもここまでの情報が揃えばいくら鈍感な晴也であっても確信せざるを得ないのだ。
(……S級美女って、まさかあの時出会った女子なのか!?)
穏やかな高校生活、終焉の予感が漂い出し晴也の顔色は蒼白となった。
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