第23話 S級美女との邂逅(結奈)②

 歩くこと約数分。

 ドラッグストアにたどり着けば、利用者の中に同じ高校の制服を着ている学生達がチラホラと散見された。

 自分が"赤崎晴也"だとバレるはずがない、と踏んでいてもわずかに身体が緊張してしまう晴也。ゴクリ、と固唾を飲み込みながら店に入ってすぐのところにあるワックスのコーナーへと足を運ばせる。


 幸い、ワックスのコーナーには同じ制服を着た学生は見受けられなかった。

 ホッと、ひと息安堵してから——ワックスの確認作業に入っていく。


 ———赤、黒、緑、ピンクなどなど。

 ワックスのケースは色で分別されるものもあるが、晴也が買おうとしているワックスは『それ』とは別で値段の高い代物である。

 スプレー缶の様な大きなワックスの容器を見つけると、晴也は内心で一人テンションを高めた。

 普段、ずぼらな晴也の高校生活を知っている者からすれば到底受け入れ難い光景だろう。


「これだよ、これ!」


 思わず、すりすりと、商品を頬擦りしたくなったが、整頓されたワックスの品々を見てはっと我に帰る。お値段高めの買い求めていたワックスを手に取り、会計へと足を進めようとした———そのときだった。


「————あ」

 背後から、凛とした驚きの声が聞こえてきたのだ。聞き慣れている、というよりは聞いたことのある声が晴也の耳に入り込んでくる。


(……こ、この声は)


 はっ、として振り返れば見覚えのある目を丸くした結奈が立っていた。

 格好はラフな私服姿であり、ダボっと着崩されている。手にはかごが掲げられていて、その中には日用品を初め、ちょっとした化粧品なども入っていた。会計に向かおうとして晴也と偶々出会った、彼女からすればそんな具合であろう。

 晴也と結奈はお互いに、ぱちと瞳を見開いている。


「………………偶然、だね」

「……そ、そうだな」


 まさか昨日あって、すぐ再会することになるなど思ってもおらず晴也は少したじろいだ。

 それは結奈も同じことだろうが、表情には一切現れていなかった。きっちりと己を律しているのは何というか彼女らしい。


「そっちも学校帰りに買い物?」

「あぁ……まぁそうだけど」


 黒髪を揺らしながら、結奈の青い瞳が晴也の握っている物へと注がれる。今の姿は、休日に身なりを整えている時ほどは、整えられていないため、気恥ずかさが残る。


 顔を隠そうとする晴也に、一瞬結奈は不思議そうにしながらも距離を詰めてきた。


「へぇ〜。ワックス買いにきてたんだ。なんていうか……っぽいね」


 柔和な笑みを向けながら放った彼女の言葉。

 それは、暗にお洒落だねと言われている様なものであるため、晴也は嬉しいのか、ほんのりと唇が弧を描いてる。


「……まぁ、ちょっと不足気味だったからさ」

「そっか。でも、私も化粧品買いに来た様なものだから、似たようなもんだね」


 買い物かごを頭上まで上げてほら、と彼女は中を見せてくる。


「そっちは意外だな」

「意外って何が?」

「あんまり化粧してるって分からないから」


 普通、年頃の女子高生は化粧をするものだろうが、結奈に関しては『それ』を悟らせなかったのだ。白い頬に整った目鼻立ちは手入れがされている様には思えなかったため、晴也は疑問だった様である。


「……その言葉は嬉しいけど、私の場合、ナチュラルメイクだから。異性からすれば分かりにくいのかもね」

「……そういうものなのか」

「多分ね。女子なら一発で分かるよ」

「……今も化粧してるわけだもんな?」

「まぁ軽く、だけどね」


 普段からお洒落を嗜む身としては化粧していることを見抜けなかったのが余程悔しいのだろう。むむ、と眉を寄せて晴也は結奈の顔を凝視し始めた。


「……っ。そ、そんなに見つめられると照れるんだけど」

「あ、あぁ……ごめん」


 艶のある黒髪をくるくると指で巻きながら、ほんのりと顔を赤らめる結奈を見ると、晴也も罰が悪くなったのか、すっと顔を逸らしてその場をやり過ごした。


♦︎♢♦︎


 気恥ずかしい空気はあったものの、何だかんだで会計を済ませた晴也と結奈は店の外で話し込んでいた。

 その内容というのは"少女漫画"のことではなく、割とプライベートな内容である。


「———それはそうと。制服のまま立ち寄りしちゃいけないんだから、気をつけた方がいいよ」


 淡々と人差し指をビシッと胸のあたりに突きつけられ結奈から注意を受けている晴也。

 手厳しい意見に思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「いやぁ……そうなんだろうけど、ちょっと帰宅してからだと面倒だから」

「そ。まぁ気持ちは分かるけど」


 面倒という気持ちがある。その言葉に偽りはないものの、他に理由があるのも事実だった。

 はっきり言ってしまうと、そんな校則を破っている連中は山ほどいるのだ。

 現にドラッグストアの中にも制服を着たまま立ち寄っている女子高生がチラホラと見受けられたのだから。

 勿論、周りがやってるから自分も……というのは言い訳にならないため晴也も口にはしないものの、本心はそうであった。


「ま。周りも破ってるからこれは私の押し付けになっちゃうのかもだけど……」

「いや、そんなことない。律儀で偉いことだと思うから」


 慌てて取り繕うと結奈はわずかに口角を緩めて続ける。


「だから、鞄の中に私服を用意しといて一時的に着替える。これが一番いい対処法かな」


 校則の抜け道、そんな言い回しで結奈は晴也に情報を提供してきた。彼女の言い草であれば、手に掲げている鞄の中には制服が入っているのだろう。

 何というか、律儀すぎる結奈である。


「そんな手があったんだ。わざわざありがとな」

「ううん。あんたってお洒落してるからさ。割と教師に目をつけられてそうって思ったから」


 淡々と述べる結奈であるが、これは彼女なりの気遣いなのだろう。教師に目をつけられていると仮定するなら、校則を破っているところがもし見つかれば怒られ具合は人一倍のものになってしまう、そこを彼女は危惧してくれていたのだ。

 実際のところ、晴也は学校では身をひそめ教師に目をつけられてなど、いないわけだが。


「そこまで気を回してくれるなんて……」

「全然いいよ。……今は私機嫌いいし何より感謝してるから」

「感謝? 一体なにに?」


 感謝したいのはむしろこちらの方なんだが、と晴也は察しがつかずに首を傾げた。

 ところが、結奈はうっすらと口角を上げてこう言い放つのである。


「……

「っ。そ、それは俺もだから。お互い様というか」


 気恥ずかしくなって頬をぽりぽりと掻くと結奈はそれだけ言っておきたかったのか、『それじゃ』とだけ言ってその場を駆け出す。

 そんな彼女に呆気にとられながらも、後ろ姿を見送ると晴也は驚きと共に感心もしてしまっていた。


(……嵐の様だったな。それにしても、こんな直近で同志である彼女と再会できるとはな。びっくりだ)


 瞳を見開いてその場で固まりそんな感想を抱くと———次にを晴也は感じ出した。


(……あれ? そういえば、なんで彼女は俺の高校の校則を知ってるんだ?)

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