第38話 違和感
「やりたいことかぁ」
奈津は頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体重をかけて身体を反る。
「別に難しく考えることないよ。気楽にやってみたいことを考えればいい」
「えー? でも人生をかけてやりたいことくらいじゃないと親も説得できないでしょ? そんな大切なこと、すぐには出てこないなぁ」
真剣に悩むのは彼女がそれだけ真面目だという証だ。
単に田舎だから実家を出て都会に行きたいと考えているわけでもないだろう。
「そんなに深刻にとらえないで。別に途中で変わってもいいんだよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ。はじめにこうしようって決めても途中で変わることなんてよくあることだろ」
「確かに。今日はハンバーグ食べようってレストラン行ってもシーフードドリアに変えることとかあるもんね」
真剣な顔のまま急にスケールの小さいことを言うので吹き出してしまう。
「そうそう。そんなもん。なにがしたいのかとか、なにが学びたいとか、そういうのって実際になにかを初めてようやく気づいたりするものだから」
「うん」と頷いて奈津は急にニコニコしはじめる。
「どうした?」
「鈴木ってすごい真剣に話を聞いてくれるよね」
「そうかな? 普通じゃない?」
「フツーじゃないよ。うちの親はもちろん、賢斗も全然あたしの話を聞いてくれないんだから」
あれだけ話が下手くそなら確かに聞いている人も途中で嫌になるのだろう。
「それじゃ方向性も決まったし、実家に帰って親と話さなきゃだね」
「えー? 夏休みの間はこっちにいたい。せっかく来たんだし」
「奈津は家出で賢斗のところに来たんだろ? それならはやく帰った方がいい。親に信用してもらえなくなるとせっかく『やりたいこと』の説明をしても地元を離れたい言い訳に思われちゃうよ」
なんとか賢斗から遠ざけたい一心でそう言うと、「うー。そっかぁ。じゃあ明日帰ろっかな」と納得してくれた。
少し強引だったけど、なんとか作戦は成功したみたいだ。
「じゃあこれからもアドバイス乗ってよね」
「そりゃまぁいいけど……」
「ちゃんと連絡したらすぐに返信してよ」
「分かったよ」
「か、彼女より優先しろとは言わないけど」
「ははは……彼女なんていないから」
三人のお試し彼女候補がいるなんて説明するとややこしいので適当に返した。
まあ実際彼女ではないわけだし。
ひとまずこれで奈津は実家に帰ってくれる。
『負けヒロイン』による惨劇を一つ回避できたことでホッと安堵していた。
その日の夕方。
タクマがメロンを持ってやってきた。祖父から大量に送られてきたお裾分けらしい。
ついでにうちに上がってもらい久々に二人で話をする。
「そういえばもう決めたの?」
「なにが?」
「心晴さんと陰山さんとアーヤの三人から言い寄られているんでしょ? 誰と付き合うか決まった?」
麦茶が気管に入り、ブフォッと吹き出す。
「何でそれを」
「僕はみんなの情報を集めてるんだよ? それくらい見てたら気づくよ。合宿のときなんて三人で鈴木くんを奪い合ってたじゃない」
僕の置かれた状況を知らないタクマは羨ましそうに笑う。
「で、誰? やっぱ見た目でアーヤ? 性格の良さそうな心晴さん? 意外に陰山さんだったりして?」
「誰も選ばないから」
「えー? なんで? みんな可愛いのに」
「そういう問題じゃなくて」
「他に好きな人がいるとか?」
「いや。いないけど」
タクマは訳が分からないという顔で首をかしげる。
そりゃそうだろう。
僕もタクマの立場なら理解不能である。
「かー、俺、モテるわー」マウントと捉えて嫌悪するかもしれない。
そういう意味では純粋に不思議そうなタクマは優しい奴といえるかもしれない。
「なぁタクマ。心晴さん、陰山、アーヤってなんていうか、ちょっと心を病んでる気配ない?」
「三人が? どうかなぁ。特にそんな感じはしないけど」
「もし彼女たちにそんな傾向があったら教えて欲しいんだ」
「うん。分かった」
なにも訊かず引き受けてくれる。タクマは本当に頼りになるし、いい奴だ。
「ところであの三人って過去にキレてなんか問題起こしたことってない?」
「どうかなぁ。アーヤは仲の悪い女子と喧嘩したことあるみたいだけど、陰山さんと心晴さんは聞いたことないかな」
ノートを捲りながら教えてくれる。
「アーヤと喧嘩した人は? 刃物で刺されて病院送りとか?」
「そんなわけないだろ。ほとんど口喧嘩でちょっと掴み合ったりしたくらいだよ」
「そっか。そりゃそうだよな」
そんな事件があれば僕だって聞いたことがあるはずだ。
「鈴木くん、そんなヤバイ状況なの?」
「そういう訳じゃないけれど」
三人は今のところ病んでる感じはない。
それぞれ思うところはあるのだろうけど、ひとまず表面上はいがみ合ってる様子もなかった。
「もしかして鈴木くん。三人とエッチしちゃったとか?」
「ないない! それはあり得ない」
「だったら大丈夫だって。失恋したくらいで刺したりはしてこないよ」
「そう、だよな、普通」
もやっとしたものが胸を過る。
確かにタクマの言う通り、失恋したくらいで殺人を犯したりはしない。
でも確かに僕は既に六回も殺されている
しかも僕が振った張本人でもないのに。
今更ながらそこに違和感を感じていた。
────────────────────
この世界の異常さを改めて感じた鈴木くん。
そしてそこに違和感を覚える。
物語はここからクライマックスに向けて転がり始めます!
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