第3話 ギャル、猪原絢香

 僕はそもそもこの世界に転移してくるまではかなりの陰キャだった。

 高校時代は教室にいても誰からも話し掛けられないド底辺。

 社会人になっても根本は変わらず、上司に仕事を押し付けられても断れない性格だった。

 だからこの世界に来た当初はもちろん陰キャだった。


 しかし『負けヒロイン』さんたちのメンタルケアをするのにド底辺の陰キャでは話にならない。

 誰も僕の話なんて聞いてくれないし、話し掛けても嫌な顔をされるだけだ。

 当然誰の闇落ちも止められず殺されてしまった。


 だから無理して陽キャを振る舞うことにした。

 まさに命懸けで陽キャを演じている。


 本当は誰とも関わらず静かにのんびりと過ごしたい。

 その気持ちは転移前よりも強くなっていた。



 しばらく平穏だったクラスに緊張が走ったのは五月末のことだった。


「おい、転校生! お前いまうちのテスト見て笑っただろ!」


 茶髪のヤンキーギャル『アーヤ』こと猪原いのはら絢香あやかが美少女転校生仙川優理花に向かって吠えた。


「笑ってないよ?」

「嘘つけ! ぜってー笑ってた!」


 アーヤは犬歯を剥き出しにして優理花に凄む。

 でもさすがは優理花だ。怯むことなく向き合っていた。


「テストの結果なんかで笑わないよー。別にそんなことで人間の価値なんて決まらないし」

「うっせー! そう言いながらテメェはいい成績じゃん! コソコソ勉強してんだろ!」

「してないよー。授業聞いてただけ」

「はぁ!? っざけんな!」


 椅子をガタガタっと音を立ててアーヤが立ち上がる。


 マズイ!


 仲裁に入ろうとしたが一足遅かった。


「なにカリカリしてんだよ、アーヤ」

「賢斗っ」

「賢斗くん」


 僕より先に賢斗が仲裁してしまった。


「優理花はアーヤのテスト答案見てないし笑ってないって言ってるだろ」

「はあ!? 賢斗、そいつの味方するのかよ!」

「味方とかじゃない。優理花を信じてやれって言ってるんだよ」

「うちのことは信じないの!?」


 自分より優理花を信じる賢斗にアーヤはさらに顔を赤くした。

 これは良くない展開だ。


「落ち着けよアーヤ」

「もういい!」


 アーヤは怒鳴りながら教室を飛び出してしまった。

 賢斗が追いかけてくれるかと見ていたが、優理花と顔を見合わせて苦笑いを浮かべるだけだった。


 マジかよ、バカ野郎!

 アーヤの気持ちとかぜってー理解してないだろ、お前!

 放っておくと闇落ちしかねない。

 また僕がフォローするしかなさそうだ。


 アーヤは既に廊下にはいなかった。

 こういう時、彼女は屋上にいくことが多い。

 これまでの経験で知っていたので慌てず向かう。


「あれ?」


 いつものパターンならフェンスに寄り掛かって空を見上げているはずなのに、アーヤの姿がなかった。

 代わりにいたのは例の朝中庭で本を読んでる黒髪おさげの眼鏡っ娘だった。


「あのー、君」

「なんでしょう?」

「ここに茶髪のギャル来なかった?」

「いいえ」

「そっか」


 はじめて聞く彼女の声は予想通り低くて落ち着いたものだった。


「どこ行ったんだろう」

「もしかしてあの方ですか?」


 眼鏡っ娘が校舎裏を指差す。

 確かにそこにアーヤの姿があった。

 遠目に見ても闇のオーラが滲み出ている。


「あ、ほんとだ。ありがとう」

「いえ」


 眼鏡っ娘にお礼を告げて校舎裏に急ぐ。


「アーヤ」


 振り返った彼女は僕の顔を見て、あからさまにがっかりした顔をした。


「んだよ。鈴木かよ」

「悪かったな、賢斗じゃなくて」

「ほんとだよ。賢斗ならぶん殴ってやったのに」


 アーヤは無理に笑う。

 痛々しくて彼女の目から視線を反らした。

 明るすぎる髪色、ボタンを二つはずしたブラウス、短すぎるスカート、まばたきの度にバサバサと音を立てそうなほどのつけまつ毛。

 今どき珍しいくらいにストロングスタイルのギャルだ。

 申し訳ないが、どう見ても『負けヒロイン』一直線のファッションといえるだろう。


 とはいえもちろんブサイクではない。

 むしろ顔の造形は並大抵のアイドルより整っており、優理花と比べてもいい勝負である。


「ほんとムカつく、賢斗の奴」

「マジでそれな。さっきの態度はない」

「え?」


 僕の予想外の言葉にアーヤは目を丸くした。


「アーヤの話も聞いてやればいいのに、一方的に謝れはないよな」

「そーだよね」


 アーヤは見た目やキャラで判断されることを嫌う。

 こんな格好だからなにか問題があるとすぐに自分のせいにされることに腹を立てていた。

 それにみんな話を聞いてくれないとも嘆いている。

 さすがに転生7回目なのでその辺りは心得ていた。


「俺からガツンと言ってやるよ。アーヤの話も聞かないで優理花の肩を持つとかあり得ない。返事次第では絶交だな」

「ちょっ、待ってよ。なにもそこまで言うことなくない?」

「だってムカつくだろ。あの転校生もなんかイラつくし。あー、腹立ってきた。今から言ってくるわ」

「別にいいって」


 アーヤは慌てて僕の腕を掴んで引き留める。


「ありがと。鈴木の気持ちは嬉しいけど、うちのせいで二人が喧嘩するとかヤだよ」


 これもアーヤの性格を見越しての作戦だ。

 アーヤは自分が怒ると冷静さを失うが、周りの人が騒ぎ出すと冷静になることが出来る人だ。


「そうか? まあアーヤがそう言うならいいけど」


 説得されて怒りを納めたという素振りをするとアーヤはにっこり笑う。


「うん。ありがとね、鈴木。あんたって結構いい奴なんだ」

「そ、そんなことは……ないけど」


 アーヤにジィーッと見詰められてそう言われると素で照れてしまう。

 陽キャのフリをしているけど、実際は女子に免疫のない陰キャだから仕方のないことだ。

 まあ10歳も年下の女の子にどぎまぎしてしまうなんて、自分でも恥ずかしいけれど。



 ────────────────────



 どんな相手でもうまく立ち回らなければならないのがメンタルケア職人の大変なところ。

 元陰キャの鈴木くんにはなかなか大変なお仕事です。


 さてここでこの世界の豆知識。

 闇落ちする『負けヒロイン』は毎回変わります。

 賢斗の行動次第で全く話に絡んでこないヒロインも多数存在してます。

 必ず毎回『負けヒロイン』として登場するのは幼馴染みの心晴さんくらいです。


 そのうち鈴木くんがまだ知らない初見殺しの『負けヒロイン』が現れるかもしれませんね。


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