第2話 風変わりなメインヒロイン

「おっはよー! 鈴木勇太ゆうた!」


 ぱしーんっと背中を叩かれ、うんざりしながら振り返る。

 満面の笑みを浮かべた美少女転校生、仙川優理花が息を切らして立っていた。


「おはよう、仙川さん」

「相変わらず私に対してはテンション低いなー」

「仙川さんが高すぎるんでしょ」

「ねぇ、鈴木くん、学校サボって図鑑に載っていない新種の昆虫を探しに行かない?」

「行かない」

「えー? なんでよ」

「なんでって……学校をサボりたくないし、新種の昆虫なんて興味ないから」


 うんざりしながら答える。


「フツーだなぁ。鈴木くんってそんな普通キャラなの? パラメーターとかあったら絶対小っちゃな五角形だと思うよ」

「はいはい」


 関わり合いたくないので適当にあしらう。

『負けヒロイン』のメンタルケアをする立場上、『勝ちヒロイン』である仙川さんと仲良くするわけにはいかない。

 それにぶっ飛んだ性格だから普通に距離を置きたいという気持ちもあった。

「それじゃ」と冷たく言い放って学校へと急ぐ。



 実はこのギャルゲーの世界は毎回展開が違う。

 主に『主人公』である賢斗の行動によって展開が変わるようだ。

 そのため誰がいつ『負けヒロイン』に転落するかも分からない。

 毎日がハラハラの連続だ。



(さて、と)


 学校に到着すると、こっそり校内の様子を伺うのが僕の日課だ。

 負けヒロイン候補はたくさんいる。

 よそのクラスはもちろん、三年の先輩や一年の後輩までいるからたちが悪い。


 密かに賢斗に想いを寄せはじめた人はいないか?

 負の感情が溜まり、爆発寸前の女子はいないか?

 注意深く確認しながら校内パトロールを行う。


 賢斗を弟のように溺愛するバレー部の先輩。

 大人しそうに見えて愛が深いヤンデレちゃん。

 真面目でしっかりものの生徒会長の女子。

 まだみんな、病んだ様子はない。

 それどころか賢斗に恋し始めた様子さえない人も多数だ。

 出逢わないよう奔走した甲斐もあるというものだ。


(おや?)


 昨日泣いていた心晴さんの姿が見当たらなかった。

 どうやら学校を休んだらしい。あまりよくない兆候だ。


(放課後様子を見に行った方がいいな)


 ノートにメモをしておく。

 こうして相関図や状況、イベントをノートに纏める癖が付いていた。

 すべては殺されないためだ。

 こういうメモはサラリーマン生活で身に付いていたものだ。


 教室に戻る前に中庭を覗く。

 花壇の前のベンチにはいつも通り一年生の女子が座って本を読んでいた。


(今日もいるな)


 彼女は毎朝ここで一人で本を読んでいる。

 授業の移動や昼休み、放課後の渡り廊下など色んなところで見掛けるが、誰かと一緒にいるところをあまり見たことがない。


 今どきおさげの黒髪に眼鏡をかけた、いかにも文科系キャラの女の子だ。

 別に困ってるわけではないのだろうけど、いつも少し困ってるかのような顔をしている。


 派手さはないけれど、ものすごくタイプだ。

 もし僕なら絶対この子と付き合いたい。

 そしてこっそりといちゃつく高校生活を送ってみたい。


 ちなみに今のところ彼女は物語に絡んできて『負けヒロイン』になったことはない。

 そんなところも彼女に好感を抱く理由のひとつである。



 放課後、連絡用のプリントを持って心晴さんの家へと向かう。

 途中で心晴さんが好きなチーズスフレケーキを買い、頭の中でどのようにメンタルケアをするか考えていた。

 七周目ともなるとそれぞれの『負けヒロイン』たちの性格も分かっている。

 心晴さんの場合は『賢斗が一番心晴さんを理解している』的な慰めが効果的だ。


 チーズスフレを持って来訪を告げると、心晴さんは少し罰が悪そうに笑って僕を家にあげてくれた。


「具合はどう?」

「う、うん……まぁ、大分良くなったかな」


 風邪で休んだという名目のため一応体調を気遣っておく。

 心晴さんは嘘を見抜かれて指摘されるのを嫌うからだ。

 今も風邪を装うためパジャマ姿である。


「賢斗も心配してたよ」

「賢斗が? そっか」


 賢斗の名前を出しただけで目を輝かせた。

 こんな可愛い幼馴染みがいて、しかも好意を寄せられている。

 それなのに鈍感イケメンの彼はまったく気付いてもいない。

 まったく憎たらしい奴である。


「ほ、ほかにはなんか言ってなかった?」

「昨日言いすぎたかもって反省してた」

「そっか……」

「賢斗にとって心晴は特別な存在なんだよ」


 幼馴染みが言われたい言葉トップ3に入るであろう言葉をかけてやる。

 しかしそれは少し浅はかで、やりすぎだった。


「……でもお見舞いには来てくれなかったんだね」


 心晴は目の奥の光を消して、ボソッと呟いた。

 ヤバい!


「お、おう。今日はサッカー部の練習試合で助っ人として駆り出されてたぞ。ほら、あいつスポーツ万能だからあちこちの部活に呼ばれるだろ」


 緊張しながら嘘をつく。

 まさか美少女転校生と新種の昆虫を探しに行ったとは口が裂けても言えない。


「ったく、賢斗はすぐ調子にのって引き受けるんだから! 断らないから次々そういうの押し付けられるのに」


 心晴さんは呆れながらも誇らしそうな顔でため息をつく。

 分かりやすい。

 あまりに分かりやすい幼馴染みムーブだ。


「まぁまぁ。そこが賢斗のいいところだし」

「ほんと、お人好しなのよね」

「そこは心晴さんがしっかり支えてあげるから大丈夫でしょ」

「世話が焼けるわよね、ほんとに。なんで私が賢斗の子守しなきゃいけないのよ」


 ぶつぶつ言いながら瞳は爛々としてくる。

 ぶっちゃけ心晴さんは扱いやすい。

 性格なら負けヒロインの中でも優良な方だ。

 ただ他の人と比べてちょっとメンタルが弱いので頻繁にケアをしないといけないのが難点だ。


「鈴木くんも賢斗の世話焼いてくれてるよね。ありがとう」

「へ? あ、いやいや。と、友達だし」


 いや、世話が焼けるのは心晴さんの方なんだけど。とはいえないので笑ってごまかす。

 ひとまず心晴さんはしばらく闇落ちしなさそうでひと安心だ。




 ────────────────────


 一話目からたくさんの方に応援していただいて驚きと喜びで震えました。

 本当にありがとうございます。

 こんなに新作が遅れてしまったのに忘れずに読んでいただけるなんて、私は本当に幸せ者です。ありがとうございます!


 さて負けヒロインのメンタルケアはとても地道で神経を使うお仕事です。

 皆さんも求人広告で見つけても迂闊に手を出さないでくださいね!

 アットホームな職場です!なんていう謳い文句に要注意です。


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