第31話 陰山が異世界から転生してきた理由

 立派な外観に相応しく、邸宅の内装も見事だった。

 黒光りするフローリングや階段、敷き詰められたふかふかの絨毯、時の経過を染み込ませたような重厚な家具。

 どれをとっても博物館並みの立派さだ。

 しかしそれ以上に僕を緊張させたのは──


「いらっしゃい、鈴木くん」

「寛いでいってくれ」


 僕の向かいに座る陰山のお父さんとお母さんだ。


「ど、どうも」


 お父さんは髭を蓄えた紳士で、この館の主らしい威厳と貫禄、そして優しさが滲み出ている。

 一方お母さんは陰山を大人にして落ち着きを持たせたような美人さんだ。


「紗知湖が彼氏を連れてくる日が来るなんてなぁ」

「しかもこんなイケメンさんだなんて。やるわねー、さっちゃん」

「イケメンだなんて、そんな」


 緊張で皮膚がピリピリする。

 陰山は照れを隠すようにムスッと顔をしかめていた。


「君と知り合ってから娘は君の話ばかりでな。聞いていてこっちが恥ずかしくなるくらい」

「そんなにしてない」

「しかも以前は異世界から来ただの、魔法使いだの姫だの設定がぶれまくりの妄想ばかりだったのに、最近は言わなくなったしな」

「ベ、別に口にしないだけで私は異世界から来た魔女姫なの! お父さん、余計なことばかり言わないで」


 陰山は顔を赤くして怒る。

 そんな姿を見てご両親はいっそう愉快そうに笑っていた。


 てか、なんなの、この状況?

 陰山の家は大金持ちで、しかも僕は彼氏として両親にやたら気に入られてしまっている。

 またもや抜け出せない泥沼に足を突っ込んでしまった。

 いや、足どころじゃない。既に肩まで浸かってしまっているのかもしれない。


 恥ずかしさで顔を真っ赤にさせた陰山は、取り戻すかのように中二病的な発言を繰り返した。

 確かにお父さんが言う通り、陰山の設定は聞くたびにずれていく。



「はいはい。もう分かったから紗知湖。そろそろ昼食の用意をしなさい。鈴木くんがお腹空かせているぞ」

「あ、そうだった!」


 陰山は慌てて立ち上がり、キッチンへと向かう。

 そのあとをお母さんもにこにこしながらついていった。


「すまないね、鈴木くん。あんな妄想癖のある幼い娘で」

「い、いえ。そこが陰や、紗知湖さんのいいところですから」


 陰山と言いかけて慌てて訂正した。

 正直に付き合っている訳じゃないと謝ってしまった方が後々面倒はないのだろうが、それでは『彼氏』と紹介した陰山に申し訳ない気がした。

 それにご両親もきっとがっかりするだろう。


「あの子も昔はあんな風ではなかったんだがな」


 お父さんは目を細め、陰山が出ていったドアの方を眺めていた。


「なにか原因でもあるんですか?」

「娘が小学校四年生の頃、あの子の母親が亡くなったんだ」

「えっ!? でもっ……」


 先ほど母親だと思っていた女性は陰山によく似ていた。


「今の妻、紗知湖の母親は、死んだ妻の少し年の離れた妹なんだ。妻が死んで、父一人、娘一人になり悲観と途方にくれていたとき、彼女が私たちを支えてくれた」


 どうりで少し若いと思ったわけだ。


「男でひとつで娘を育てるのは大変だ。家政婦を雇うとしても、やはり親とは違う。特に娘というのは母親が必要だからな。それで今の妻と結婚をすることにした」

「そうだったんですか」

「紗知湖のため。私たちはそんな風に思っていたのだが、少し浅はかだったのかもしれない。再婚してから紗知湖は妄想を語るようになってしまった」


 思春期特有の自己誇張の類いとばかり思っていた陰山の中二病は、もっと別の根深い問題があったのだと知った。


「亡き妻を裏切って結婚した私や、新しい母を認めたくなかったんだろう。異世界とやらから来たことにし、私たちを親とは認めてくれなかった」


 陰山の突飛な言動にもう何年も悩まされているお父さんに「いつか分かってくれますよ」とか「彼女も心の中では感謝してるはずです」とか、そんな安っぽい慰めは言えなかった。


「すまないね、こんな話をして。娘には聞かなかった振りをしてくれると助かる」

「もちろんです」


 お父さんは僕の目を見て「ありがとう」と優しく微笑んで頷いた。



 運ばれてきた料理はイタリアンだった。カプレーゼから始まり、アクアパッツァ、T-ボーンステーキ、デザートまでどれも見事だった。

 陰山は料理が得意じゃないはずだからきっとお母さんがほとんど作ってくれたのだろう。


 食事中も会話はあちらへ飛び、こちらへ飛びと続いた。

 しかし意識して見ていると、陰山は父親としか目を合わさなかった。

 お母さんの方には話し掛けられても無視か、目も見ずに生返事を返すだけだ。

 それでもお母さんはにこやかに姉の置き形見である娘を見詰めていた。



「ごちそうさま。美味しかったよ」

「どれが美味しかった?」

「みんな美味しかったけど、特にこのカプレーゼかな?」


 トマトを切ってモッツァレラチーズを挟んだだけの料理。

 きっとこれは陰山本人が作ったのだろう。

 その予想は正しかったらしく、陰山は満面の笑みを浮かべた。




 ────────────────────



 なんと今さら本作品の概要が未記入だったことに気付き、慌てて書きました。

 内容がよく分からないまま読みはじめてくださっていた皆様、本当にありがとうございます!

 あの状況でよく千人もの読者様が来てくださったと感謝しております!


 さて陰山さんにはこんな事情があったんですね。

 情が移って更に抜け出せなくなってしまった鈴木くん。

 優しさもほどほどにね!とは思いますけど、それが彼のいいところでもありますもんね!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る