第32話 本当の恋人
食後、陰山は引き留める両親を無視して僕を自室へと連れていった。
重厚で上質な調度品で揃えられたこの館で、彼女の部屋だけはおもちゃ箱みたいに軽くてチープな空気で溢れていた。
カーテンはマルチカラーのドット柄、机と椅子はテカテカと光る白色、壁には様々なファンタジーアニメのポスターが貼られている。
混沌としているようでどこか統一感を感じさせる、陰山の脳内を具現化したような部屋だった。
「ごめん、鈴木くん。疲れたでしょ、いきなり親と会わされて」
「驚いたけど大丈夫」
「鈴木くんを連れてきなさいってうるさくてさ。仕方ないから来てもらったの」
「そっか。でもお父さんもお母さんも楽しそうにしてたからよかったんじゃない?」
クッションを出してもらったので、そこに腰かける。
「まあ私も異世界からやって来てこの家で世話になってる身だから断りづらくて」
「二人きりでもその設定続けるんだ?」
「設定じゃない」
恨みがましく睨まれるので「ごめん」と謝って笑う。
「せっかく私の彼女ターン一日目なのに家で過ごすなんてもったいない」
「陰山は元々インドア派だろ」
「そうだけど……でも鈴木くんとなら出掛けてみたかった」
そんなこと言いつつ親のお願いを聞いて僕をこの家に呼んだのだから、やはり優しい奴なのかもしれない。
「じゃあゲームでもやろうぜ」
「私と対戦して勝てるとでも?」
陰山は不敵にニヤリと笑う。
結果は僕の完敗だった。
レースゲームをしても、アクションゲームをしても、リズムゲームをしても陰山は見事な腕前だった。
日も傾き始めた頃に帰ることとなった。
わざわざご両親も玄関までお見送りに来てくれる。
「また遊びにいらしてね」
「はい。ありがとうございます」
「お、そうだ。紗知湖。お土産を用意してあるから応接室から取ってきなさい」
「わかった」
「お土産なんていいですよ」
断ろうとしたが、陰山はお母さんと一緒に取りに行ってしまう。
二人きりになるとお父さんは真面目な顔で頭を下げてきた。
「鈴木くん。これからも娘をよろしくな」
「い、いえ。こちらこそ」
「鈴木くんさえよければ、あの子の本当の恋人になってやって欲しい」
「へ?」
「本当は恋人じゃないんだろ?」
「バ、バレてましたか?」
「これでもあの子の父親を十六年やってるからな」
「騙してすいません」
「こちらこそすまなかった。私が『高校生にもなって恋人の一人もいないのか』ってからかったから君を連れてきたのだろう。迷惑をかけたね」
あのぶっ飛んだ陰山の父とは思えないほど出来た人だ。
「君みたいな好青年が恋人なら私も大歓迎だよ」
「いえ、そんな」
「ちょっとお父さん。なに話してるの?」
陰山が小走りで戻ってきて非難がましく父を睨む。
「男同士の話だよ」
「なにそれ? 教えて、鈴木くん」
「内緒だよ。男同士の話なんだから」
「ずるい」
むくれた顔をする陰山を見てお母さんは微笑んでいた。
夜、ぼんやりとスマホで合宿のときに撮った写真を見る。
複雑な事情を抱えた陰山も、人に言えない性癖を抱えた心晴さんも、みんな笑顔で写真に収まっている。
これまではメンタルケアをしながらも、彼女たちの深いところまでは知らなかった。
と、そのとき、突然スマホが着信音を上げる。
「女川先生?」
それは久々に連絡してきた担任であり、この世界の案内役である女川先生からの電話だった。
「ごめんねー、夜に呼び出しちゃって」
そう言いながら女川先生はドクターペッパーを手渡してくる。
相変わらずこれが好きなようだ。
無表情のままそれを受けとる。
「いえ」
「夜に公園で美人教師と生徒の密会なんて見つかったら大騒ぎものね」
つまらない冗談は無言で流す。
僕のせめてもの反抗だ。
「大丈夫なのー、鈴木くん?」
「なにがです?」
「惚けなくてもいいのよ。私は逐一あなたの行動や負けヒロインちゃんたちの好き好きパラメーターを監視してるんだから」
心配している様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだ。
不愉快だけど無碍にもできない。
なんといってもこの世界の案内人である彼女こそが僕の情報の生命線なのだから。
「そんなにヤバイですか?」
「そりゃもう。特に心晴ちゃんの匂いフェチのとこなんかヒヤヒヤしたわー。もしあのとき鈴木くんがドン引きしたり、心晴ちゃんの匂いを嗅がなかったりしたら即死亡のギリギリだったんだから」
「そ、そうだったんですか……」
危ないところだった。
「陰山ちゃんも、もう君にメロメロだねー。これでフラれたらひどい殺され方されそう」
「お、脅さないでくださいよ」
「鈴木くんの誰にでも優しい態度が招いたことでしょ。自業自得よ」
やはり事態はかなりまずい方に進んでいるようだ。
「気を付けなさいよー、鈴木くん」
「わかってます。金曜のアーヤはそんなことならないようにしますんで」
「それもそうだけど、大切なこと忘れてない?」
「大切なこと?」
「そう。『負けヒロイン』ちゃんは彼女たち三人じゃないのよ」
「あっ!?」
思わせ振りなその一言で思い出した。
五城
「まあ気を付けることね。先生は鈴木くんを応援してるんだから。じゃーねー」
ケラケラと笑いながら女川先生が立ち去っていく。
あんな態度だけれど一応は僕のことを心配してくれているらしい。
スマホを確認すると今日は八月二日。
明日は五城奈津が賢斗のところにやってくる日だった。
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陰山のメンタルケアはかなり本格的になりそうですね。
でもきっと彼なら大丈夫!
そして鈴木くんはすっかり忘れていたようですが、負けヒロインは三人だけじゃありません!
さあ、気合いを入れて新たな負けヒロインちゃんに備えるんだ、鈴木くん!
そして宣伝を!
本日より新作『どうやら日沖さんさんと僕の夢は繋がっているらしい』をアップしました!
学園ナンバーワンの美少女日沖さんと平凡過ぎる男子鰐淵くんの夢が繋がるお話です。
面識のなかった二人は夢の中で冒険をしたり、ホラー展開で逃げ回ったり、温泉デートしたり、ちょっとエッチな展開になったりして絆を深めていきます!
もちろん現実の世界でも二人は徐々に心を通わせていきます。
じれじれで甘々で爽やかな二人のラブコメディとなっております!
よろしければ是非『どうやら日沖さんさんと僕の夢は繋がっているらしい』の方もよろしくお願い致します!
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