第33話 奈津、来たる

「お、勇太。どうした、そんなに大きな荷物をもって汗だくになって」

「賢斗、今からキャンプに行こう!」

「今から? はは。無茶言うなよ。キャンプに行くのはいいけどもうちょっと計画立ててからじゃないと」

「いいから! テントとか道具は全部持ってきてるから! 五泊は出来る用意はある」

「五泊!? 山籠りでもするのかよ」


 必死に訴えるが賢斗は冗談だと思っているのか、笑うばかりだ。


「頼む、賢斗! 僕を助けると思って!」

「ちょ、引っ張るなって。どうしたんだよ!?」

「おーす、賢斗!」


 陽気で軽やかな声が背後から聞こえ、反射的に身体がびくんっと震えた。

 恐る恐る振り返ると、案の定そこには麦わら帽子を被った褐色の肌のショートヘアの女の子が立っていた。


「おー、奈津! 久しぶり!」


 賢斗は笑いながら手を振った。


 五城奈津。

 賢斗のいとこであり、『負けヒロイン』候補である。

 夏休みになると親と喧嘩をして家出をして現れるキャラだ。

 そして僕がこの世界に転移して最初に殺された相手でもある。


「突然どうしたんだよ」

「親と喧嘩して家出しちゃった。泊めて」

「やれやれ、またかよ……ったくお前は」

「だってさー、聞いてよ賢斗!」


 奈津が愚痴を溢すのを賢斗は呆れながらも聞いていた。


「とゆーわけで泊めて」

「仕方ねぇ──」

「うちに泊まりなよ!」


 賢斗の言葉を遮り話に割り込むと、奈津は唖然とした顔で僕を見た。


「無理。てか、誰?」

「はじめまして。賢斗の友達の鈴木勇太です」

「なんで初対面の男の家に泊まらなきゃいけないわけ?」

「それは、その……い、いや。初対面じゃなくてもそもそも男の家に泊まるのはダメでしょ。だから賢斗の家もダメだ」

「はぁ? 賢斗はいとこ。叔父さんの家に泊まるのって別にフツーでしょ?」


 至極当然なことを言われ、ぐうの音もでない。


「あ、もしかして勇太、一目惚れ?」


 勘違い賢斗がケタケタと笑う。いい気なもんだ。

 奈津は恥ずかしそうに「え? え?」と戸惑っていた。


「勇太の趣味も変わってるよなー。こんな男みたいな女、どこがいいんだよ?」

「ゆーうーたー!」

「ぎゃー! 痛い痛い! 冗談だって!」


 両拳でこめかみをゴリゴリされ、賢斗は苦悶の叫びを上げる。

 ラブコメでよく見るけど現実ではまず見ないアレだ。



 結局ここまで来て今から帰すのも気の毒だということで、奈津は数日間賢斗の家に泊まることとなってしまった。


「あ、そうだ。どうせなら奈津もエンジョイ勢帰宅部の活動に参加させよう」

「いやいや賢斗! それはダメだ」

「エンジョイ勢帰宅部? なにそれ?」

「ただの帰宅部じゃなくて色んな遊びをしたりボランティア活動をしてから帰宅する部活だ」

「へぇー面白そう」

「全然面白くないから! 今度は駅前でゴミ拾いと雑草抜きだから。この炎天下のなか、地獄だよ」

「マジ!? それは参加したくない」

「でしょー?」


 なんとか思い止まらせる。

 こうなったら最悪奈津と優理花が対面することだけでも防がなくては。

 奈津は賢斗が優理花と仲良くするのを見て、自分も好きだったと認識してしまうからだ。

 優理花とさえ会わなければ賢斗への想いに気付くことも、『負けヒロイン』になることもないはずだ。


「なぁ三人でキャンプ行かない? 楽しいよ!」

「なんでそんなにキャンプ行きたいんだよ、勇太」


 賢斗は不思議そうな顔で僕を見る。


「キャンプもパス。てかうちの地元田舎だから自然とかもう飽き飽きなんだよね。それより買い物とか行きたい! 映えるスイーツも食べたいし」

「映えるスイーツ? 奈津のくせに生意気だ」

「なによー。あたしだって女子高生だもん。そーいうの興味あるの!」

「だったらもっとお洒落しろ。タンクトップでショートパンツって。外で遊び回ってこんがり日焼けしてる山猿みたいな女なのに」


 いつもこうやってからかっているのだろう。

 賢斗はまた暴力を振るわれると身構えていたが、奈津はしょんぼりした顔で目をうるうる滲ませていた。


 もうちょっと優しくしろ!

 闇落ちしたらどうするんだよっ!

 危険物なんだぞ、その子は!


「賢斗、言い過ぎだぞ。奈津が可哀想だろ」

「あ、いや、ごめん。ジョークだって」

「もういい! 賢斗があたしをどう思ってるかよぉーく分かったから!」


 奈津はいじけて家の中に入ってしまった。


「なんだよ、アイツ。まーいいや。遊びに行こうぜ、勇太」

「ちょっと待て。ちゃんとフォローしとかないと」


「ほっとけって」と言う賢斗を無視して家にお邪魔する。

 優理花が絡まなくても奈津が傷つけば『負けヒロイン』と化してしまうに違いない。

 そうなればまた惨劇が起きる。


 奈津はリビングのソファーで膝を抱えて座っていた。


「おーい、なっちゃん」


 奈津はチラッとこちらを見てプイッと顔を背けた。


「気安く呼ばないで」

「じゃあ奈津ー」

「もっとダメ」

「今から三人で映えるスイーツ食べに行こう」

「行かない」

「そんなこと言わないで。賢斗も言い過ぎたって反省してるよ」

「ほんと?」

「ああ。でも素直じゃないから謝れないんだって」

「ったく。仕方ないなぁ。ここはあたしが大人になるか」


 渋々という雰囲気で立ち上がるが、その顔は少しにやけている。

 久々に本格的に『負けヒロイン』のメンタルケアをしたが、やはりこれはこれで疲れるものだ。



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 やっぱり鈴木くんのメンタルケアは最高ですね!

 ギリギリの綱渡りは次回も続きます!





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