第27話 絶体絶命

 月明かりを受けた心晴さんは暗い部屋で浮かび上がっていた。

 慎ましい美しさの彼女は月夜がよく似合う。


「あのね、鈴木くん」


 振り返った心晴さんの瞳は、強い意思を感じさせられるものだった。


 ヤバいッ……


 そう思った瞬間、再びドアがコンコンとノックされた。

 僕と心晴さんは驚いて目を見合わせる。


 この状況を他人に見られるのはよくない。

 その判断は共通のものだったらしく、心晴さんは慌てて机の下に潜り込んだ。


「はい」


 呼吸を整えてからドアを開けると、アーヤが強張った笑顔で立っていた。


「よ、よう鈴木。ちょっと部屋に入れろよ」

「あ、いまは、その」


 躊躇う僕などお構いなしにアーヤは部屋に入ってきてしまう。


「真っ暗じゃん。もう寝るつもりだったわけ?」

「あ、ダメ。電気はつけないで」


 暗闇だから辛うじて心晴さんがバレないだけで、明るくなったら秒でバレる。

 スイッチを押させまいと慌ててアーヤの手を握った。


「鈴木……」

「あ、いや、これは」


 咄嗟の行動が、それはそれでまずい展開を生んでしまった。

 握った手を離そうとしたが、逆にアーヤの方から掴まれてしまう。


「なぁ鈴木……うちと」


 アーヤは目を潤ませて顔を近付けてくる。

 ヤバい。

 そう思った瞬間──


「鈴木くん、話があるんだけど──」


 開きっぱなしのドアから陰山が入ってきてしまった。


「猪原絢香。なんでここにっ……」

「陰山こそなにしに来たんだよ!」


 二人は冷たい視線をぶつけ合う。


「ま、まぁまぁ。落ち着け、二人とも」


 適当に宥めようとすると二人からギロッと睨まれてしまった。

 二人とも闇落ち前の怒りと不信の顔になってしまっている。

 この状況で隠れている心晴さんが見つかればどうなるか分かったものではない。


「ひとまず外の風でも浴びて落ち着こう」

「ううん。ここでいいと思う。ここで話そう」


 机に隠れていた心晴さんが立ち上がってそう告げた。

 目の前が真っ暗になり、血の気が引いていくのを感じた。


「こ、心晴っ!?」

「なぜ志摩心晴が鈴木くんの部屋に!?」


 想像しうる、最悪の展開だ。


 終った……

 さよなら、七週目の僕……





 明かりをつけ、みんなが輪になって床に座っている。

 まるでお葬式のような重い空気が流れていた。

 実際のお葬式と異なるのは、死体はこれから用意されるというところだ。


「ふぅん……心晴がいた理由はわかった」


 アーヤが静かに呟く。


「で、どーすんの、この状況」

「み、みんな自分の部屋に戻って寝たらいいんじゃないかな? あはは……はは……」


 三方向からジーッと視線を送られ、肌がチリチリする。


「私と鈴木くんは一緒にプールに行った仲。関係の浅い二人は部屋に帰って」

「い、一緒にプールに?」


 動揺するアーヤを見て陰山は小鼻を膨らまして控えめに勝ち誇る。


「それは陰山が泳げないから合宿までに泳ぎを教えて欲しいと頼まれたからであって」

「なぁんだ。鈴木はいい奴だから断れなかっただけか」

「それでも既成事実は変わらない」


 陰山は『なんでバラすの』と不服そうな目で僕を睨む。


「それをいうならうちだって鈴木とお風呂一緒に入ったし」

「えっ!?」


 これには比較的冷静にしていた心晴もぎょっと目を開いた。


「ち、違う! あそこのジャグジーに入ってたらアーヤが入ってきただけだから!」

「あー、この別荘のジャグジーね。ふぅん」


 小馬鹿にしたように笑う陰山を見て、アーヤは顔を紅潮させて怒る。


「ジャグジーだったけど、鈴木素っ裸だったんだからね! お、おおお○んちんだって見たし!」

「はぁあー!?」


 心晴さんと陰山が驚きの声を上げる。


「本当なの、鈴木くん」

「嘘に決まってる。そうでしょ?」

「い、いや、それは、なんというか……うっかり水着を忘れちゃって……そこにアーヤが来て……」


 汗だくになりながら、しどろもどろに答える。


「そういうわけなんで、うちはあんたらとちょっとレベルが違うから」


 勝負あったと言わんばかりにアーヤは胸を張る。

 しかし心晴さんは大きく息を吸って気持ちを落ち着けてから言った。


「私たちで勝手にマウントを取り合うんじゃなくて鈴木くんに確認した方がいいんじゃない?」

「ぼ、僕!?」

「それもそうね」

「そんなのうちに決まってるし! ね、鈴木!」


 六つの目が僕を捉えて離さない。

 これは相当ヤバいことになってしまった。


「誰であっても恨みっこなしで受け入れるから正直に教えて」

「……私は恨むかも」

「そーいうこと言うなよ、陰山! 鈴木が答えられないだろ!」

「だって……私、猪原絢香みたいに胸大きくないし、志摩心晴みたいに家庭的じゃないし……絶対に不利……」


 陰山は子どものように拗ねて目を伏せる。

 そんな姿を見て、心晴さんは優しく目を細めた。


「そんなことないよ。陰山ちゃんは守って上げたくなる可愛さがあるんだから」

「でも……私、はじめて男の人を好きになったんだから……」

「そんなのうちだって一緒だし!」


 言った後アーヤは『しまった』という顔をした。


「えー? アーヤって普通に彼氏とかいたんだと思ってた!」

「処女ぶるな、ビッチ」

「ビッチじゃねーし! 恋愛とかよく分かんないし、好きとかそういうの、鈴木と会うまで分からなかったから……」


 アーヤが恥ずかしそうに顔をプイッと背ける。


「ごめん。ビッチは言い過ぎた」


 驚いたことに陰山がアーヤに謝る。

 普通の人なら当たり前の謝罪でも、意固地になりがちな陰山にとっては大きな成長と言えた。


「別に。見た目で判断されてるの、慣れてるし」

「そうだよね。見た目で判断するのはよくない。本当にごめん」

「悪いと思うならみんな鈴木は諦めて譲ってよね」

「それとこれとは訳が違う」

「陰山さんのいう通り。どさくさに紛れてズルいよ」


 三人は顔を見合わせて笑う。

 あれ……?

 なんか仲良くなってきてないか、コイツら……?



 ────────────────────



 追い詰められた鈴木くん!

 でも女子の間にも微かな友情が見え隠れ。

 負けヒロイン互助会が功を奏したのか!?


 さぁ彼は命を懸けた夜をどう乗りきるのか?






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