第21話 みんなの世話役

「あー、やっと来た。遅い、鈴木!」


 僕を見るとアーヤが駆け寄ってくる。

 胸元やら脇腹、そしておへそ回りが大胆にカットされたワンピース水着を着ていた。

 もちろん股周りも際どいVの字だ。


 お腹も胸の谷間もツーピースの水着を着ていたら普通に見える場所だ。

 でもこうしてワンピースをカットしてそれらが見えていると、なんだか見えちゃいけないものまで見えてるように感じてしまう。


「なにやらしい顔してんの?」

「別にそんな顔はっ……」


 アーヤはニターッと笑いからかってくる。

 冷たい視線を感じて目を向けると陰山がジトーッと睨んでいた。

 陰山はいわゆるタンキニと呼ばれる水着を着ている。

 肌面積は多いが、パッと見は水着というより私服のような印象だ。

 でも彼女にしたら頑張ったチョイスだろう。


「よし! みんな揃ったねー!」


 ビキニの上にパーカーを羽織った優理花が立ち上がる。

 アーヤほどではないが胸も大きい。

 手足の長さも相まってモデルのようだ。

 さすがはメインヒロインである。


「ねぇ優理花ちゃん。夕飯はどうするの?」


 キッチンにいた心晴さんが訊ねてくる。


「バーベキューとかにしようかなって思ってたんだけど」

「えー? うち苦手。外って虫いるし、紙皿に焼肉のたれ入れるのが許せないんだよね。絶対こぼれるでしょ」

「そっかぁ。じゃあ適当にカレーでも作ろう」


 優理花はわがままを言うアーヤに嫌な顔ひとつしない。


「それにしてもすごいキッチンだねー。包丁とかもすごい切れそうだし、調理器具も揃ってる」


 心晴さんは目をキラキラさせてキッチンを物色していた。

 料理大好きな彼女からしてみたら夢のような場所なのだろう。



 ビーチまでは別荘の脇の坂道を降りてすぐだった。

 当然僕ら以外には誰もいない、完全なプライベートビーチだった。


「うちらの貸し切りじゃん! アガるー!」


 アーヤは文字通り跳ねながら海へと駆けていく。

 それに負けじと優理花と賢斗、タクマが砂を蹴り上げながら続いていった。


「あ、ちょっと! 準備運動しないとダメだよ! っもう!」


 心晴さんは苦笑いしながら屈伸を始める。

 陰山も早く泳ぎたいのか手首足首を回しながら海の方へと向かっていった。


 僕は足踏みポンプでシュコシュコさせながらぺしゃんこのイルカを膨らませていく。

 波打ち際からはアーヤたちのはしゃぐ声が響いていた。


「みんな浮き輪を膨らませるのを鈴木くんに任せてズルいなー」


 心晴さんが前屈をしながらそう言ってきた。


「別にいいんだよ、そんなの」

「偉いよねー、鈴木くんって。教室ではあんなにふざけてるのに、実は意外としっかりものなんだから」

「そんなことないって」

「そうやって謙遜するとことかも大人って感じ」


 身体を反らすとお腹やら胸のラインがよりくっきりと強調され、視線を海の方へと逃がした。


「準備運動終わったら泳いできたら?」

「私も空気入れ手伝うよ。代わって」


 心晴さんはにっこり笑ってポンプに足を置く。

 本当に気が利く優しい子だ。


「じゃあお願い」

「任せて!」


 お嫁さんにするならこんな子が一番だろう。


「結構難しいね。うわっとっとっ!」

「危ない」


 こけそうになった心晴さんを慌てて支える。


「ありがとう」

「片足だとアンバランスだよね」


 支えた手を離そうとすると、ぎゅっと腕にしがみついてきた。


「またこけそうになったら恥ずかしいから、掴ませて」

「お、おう……」


 水着姿で腕にしがみつかれると気まずいくらいぷにぷに感が伝わってきてしまう。

 これじゃ浮き袋のイルカより先に僕のナニの方が膨らんでしまいそうだ。

 こんな状況で恋をしてはいけないなんて、あまりにも残酷な仕打ちである。



 泳ぎはじめて小一時間ほど経つと休憩するもの、潜ってウニやらヤドカリを探すものなどに分かれる。


「あれ?」


 ふと気付けば心晴さんの姿がなかった。


「もしかして」


 振り返って高台に建つ白亜の別荘を仰ぎ見た。

 みんなに気付かれないようにソッと別荘に戻りキッチンを覗くと──


「やっぱり」


 服に着替えて乾ききってない髪をひと括りにした心晴さんが料理をしていた。


「あれ、鈴木くん?」

「一人で料理なんてして。あとでみんなでするから今は心晴さんも遊べばいいのに」

「ううん。私が好きでやってるからいいの。だってこんな立派なキッチンなんだよ。料理したくなるじゃない」


 心晴さんはお玉を片手ににっこり笑う。

 遊ぶ子どもたちをよそに夕飯を作るお母さんみたいな甲斐甲斐しさだ。


「じゃあ僕も手伝うよ」

「えー? 悪いよ」

「まぁまぁ。お菓子作りの助手は料理作りの助手でもあるから」

「そう? ありがとう。じゃあ野菜の皮を剥いてもらおうかな」

「了解」


 僕がピーラーを使う隣で、心晴さんは鮮やかな手付きでキャベツを千切りにしていく。

 付け合わせのサラダ用なのだろう。


 肉を切るのはもちろん、伊勢海老を捌く手付きにも迷いはない。

 その表情からも本当に料理が好きなのだということは伝わってきた。


「心晴さんってほんと、いい奥さんになりそうだよね」

「えー? そんなことないよー。結構適当だし、朝寝坊とかもするし」


 顔を上げてまんざらでもなさそうな表情をする。


「そんなことないって。料理得意だし、部屋も綺麗だったし」

「でもお嫁さんにもらってくれる人がいるかな?」


 料理する手が止まり、真剣な瞳でじっと僕を見詰めてくる。


 しくじった。

 あまりにいい雰囲気過ぎて、つい余計なことを口走ってしまっていた。

 なにかうまいこと言って誤魔化さなくては!

 とはいえ頭の中は真っ白だった。


「おー! いい匂いがする! お腹空いたー」


 緊迫した空気を無視して能天気な声が聞こえた。

 ビクッと震えてリビングを見ると、賢斗がタオルで髪を拭きながらこちらへ向かって来ていた。


「おー! もう作ってくれてたんだ!」


 賢斗が笑いながらサラダ用に作った茹で卵に手を伸ばすと、心晴さんは本気でイラついた顔でその手をパチンッと叩いた。


「痛っ!」

「やめて。これは料理に使うの。まだご飯までかなりあるからもっと泳いできて」

「俺も料理手伝うよ」

「結構です。ほら、キッチンから出ていって……っとに邪魔なんだから」


 まるで野良猫を追い払う魚屋のような邪険さであった。

 愛情が冷めた相手に対してはここまで態度が変わるのかとそら恐ろしくなる。


 ともあれ際どい空気は賢斗のお陰で助かった。

 僕は心の中で賢斗お礼を告げていた。




 ────────────────────



 大人数で行動していると、必ずみんなの世話役をしてくれる人が現れますよね


 心晴さんはまさにそれです!

 損得勘定を抜きにして、とにかくお世話したくなってしまう体質のようです


 普段はみんなのメンタルケアで忙しい鈴木くんも彼女の優しさでホッと一息といったところでしょうか

 まあ闇落ちしたら殺してくるんですけどね!

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