第25話 みんなの道化役
「岩場で転んで怪我したから鈴木くんに運んでもらっていた」
陰山がストッと降りて説明する。
「ほんとだ! 脚から血が出ちゃってる! 治療しないと」
「別にいい。鈴木くんにしてもらうし」
「いや、救急箱の場所も分からないから一緒に来てもらえると助かる」
陰山と二人きりより優理花にいてもらった方が助かる。
うまく巻き込んで三人で別荘へと戻った。
優理花は意外と器用できれいにテーピングまで施してくれる。
陰山はちょっと不服そうだったけど、ちゃんと優理花にお礼を言えていた。
結局ベストショット大会は他の四人で行い、優勝は島一番の高台から撮影した心晴さんだった。
「おめでとう、心晴ちゃん。はい、これ。優勝賞品」
渡されたのは小さな巻き貝だった。
「昨日海で見つけた一番きれいな貝殻だよ」
「わー、きれい。ありがとう!」
まさかのしょぼしょぼな景品だったけど心晴さんは嬉しそうだ。
陰山はそんなもののために怪我したのかと憤慨していた。
軽いパスタのランチを済ませて、午後はまた海で泳ぐ。
足を怪我した陰山は残念ながら留守番となった。
ようやく話せるチャンスなので急いでアーヤのもとに駆け寄る。
僕を見てアーヤはしらーっと目を細めて睨む。
「あれ、鈴木。今日は水着着てるんだ?」
先制パンチを浴びせられ、思わず怯みかける。
「昨日は本当にごめん」
「ごめんじゃないでしょ、変態。うちを裸の下半身の上に座らせて」
勝手に座ってきたのはアーヤの方だが、いまはそんな言い訳をするターンじゃないことは明白だ。
「寝惚けててうっかり水着を忘れちゃってて。もうみんな寝てるから大丈夫かなっーって。まさかアーヤが来るとは思わなかったから」
「っとにもう! うちだったからよかったけど、他の子なら悲鳴あげてたからね?」
「ごめん」
「……しかもおっきかったし」
「え?」
「な、なんでもない!」
アーヤはざぶんっと潜り、ドルフィンキックで逃げるように去っていく。
おっきいの意味が、サイズ的な意味なのか、状態的な意味なのか、問い質すことは難しそうだった。
ただ泳ぐだけではつまらないという優理花の余計な提案により、水中鬼ごっこが開催される。
ルールは鬼にタッチされたら鬼が変わるといういわゆる『変わり鬼』ルールだ。
じゃんけんで負けた賢斗が最初の鬼となった。
賢斗はあからさまに優理花ばかりを狙うがなかなか捕まえられない。
運動が得意な賢斗だが、泳ぎに関しては優理花の方が速かった。
やがて諦めた賢斗は近くにいた心晴さんをタッチする。
「私が鬼かぁ。仕方ないなぁ」
心晴さんは僕を見てニヤリと笑う。
これは絶対に僕を狙い撃ちするつもりだ。
しかし心晴さんはあまり泳ぐのが速くなかった。
そこまで全力で逃げなくても捕まることはなさそうなので適当に煽りながら距離を取っていた。
「あー、もう無理! そんなに逃げないでよ!」
「鬼ごっこで言う台詞かよ、それ」
みんなが笑った隙を見て、心晴さんは近くで油断していたタクマにタッチする。
しかしそこからが問題だった。
タクマは泳ぐのがめちゃくちゃ苦手だったのだ。
溺れているかのような泳ぎで懸命に追うが、誰も捕まえられない。
(仕方ないな)
僕は波打ち際に移動する。
「こっちだ、タクマ!」
「待てっ!」
水辺を走る速度ならそんなに変わらない。
タクマが近付いてきたのを見計らって──
「うわっ!?」
わざとらしくならないように転んだ。
「よしっ! 捕まえた!」
「ちくしょー!」
悔しがる振りをしてから立ち上がると、引き潮に足を取られてまた転んでしまった。
これはわざとではなく素だ。
僕の滑稽な姿でみんなが笑うのを見て「笑うなよー!」とおどけて笑い返した。
これでいい。
道化役にはぴったりだ。
その後二時間ほど遊んでから別荘に戻る。
ちょっと休憩することになったけど、どうせ心晴さんは休まずにそのまま夕飯の支度をはじめるのだろう。
一度部屋に行き着替えてからキッチンへと向かうと、予想通り心晴さんは冷蔵庫を見てレシピを考えていた。
「よう、心晴さん」
「あ、鈴木くん」
「休憩時間だぞ? 料理はあとでみんなでやる約束だろ?」
「うん。でもレシピ決めて食材を切ったりの下ごしらえだけしておこうかなって」
「相変わらず甲斐甲斐しいなぁ」
「そんないいものじゃないよ。料理が好きなだけ。それに優理花ちゃんだって洗濯とか掃除とかしてくれてるよ。私は好きな料理してるだけだもん」
「へぇー。優理花って破天荒なキャラのクセにそういうところはしっかりしているんだな。ちょっと見直した」
「だよねー。ちょっと失礼だけど、私も仲良くなってから見る目変わったもん」
心晴さんは照れくさそうに笑った。
一時期はちょっと微妙な空気だった二人だけれど、今はわだかまりもないようだ。
賢斗に関心がなくなったこともあるのだろうけど、純粋に優理花の人柄に惹かれているのかもしれない。
「よし、じゃあ僕も下ごしらえを手伝うよ」
「えー? 悪いよ。じゃあお米研いで」
「悪いよとか言って指示が早すぎるだろ」
「えへへ」
じゃれあうような会話をしてキッチンに並んで立っていると新婚にでもなった気分だ。
こんなお世話好きで優しく、笑顔が可愛いお嫁さんがいたら、さぞ幸せなのだろう。
あり得ないことだけどそんなことを想像しながら心晴さんの横顔を見詰める。
「ん? なに?」
「いや、慣れた手つきだなーって見惚れちゃって」
「そんなことないよ。お母さんなんてもっと手際いいし。私なんてまだまだだよ」
謙遜しながらも嬉しそうだ。
そんな慎ましいところも心晴さんの魅力である。
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まずまず平和な一日でした。
みんな和やかな雰囲気で楽しそう。
みんなのバランスを保ち、鈴木くんえらい!
でもそう簡単にこの恐怖から逃れられるわけもなく……
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