第40話 修羅場の花火大会

「お待たせ」


 最後に現れた陰山は袖口や裾にレースをふんだんにあしらったロリータ風浴衣を着て現れた。

 さすがのアーヤも驚いて唖然としている。


「陰山さん、可愛い! お姫様みたい!」


 心晴さんは目をキラキラさせ、陰山の浴衣を眺めていた。


「そ、そう? ありがと」


 僕に可愛いと言ってもらいたかったのだろうが予想外の人から言われて陰山は戸惑っていた。


「なにあのハーレム」

「うわ、可愛い!」

「くそー! 羨ましい!」


 目立つ上にこんな可愛い三人を連れているものだから周囲の目が痛い。

 三人はそんなことお構いなしに僕の隣のポジションを奪い合っていた。

 みんなに言ってやりたい。

 これはお前らが考えているような楽しいものじゃない。

 こっちは命がかかっているんだぞ!


「猪原絢香、くっつきすぎ」

「仕方ないでしょ、混んでるんだから」

「陰山さんもさりげなく鈴木くんの手を握ってるよね?」

「私はすぐ迷子になるから」

「おい、心晴! 無理やりうちと鈴木の間に身体ねじ込むな!」

「後ろから押されたの!」

「嘘つけ!」

「あ、鈴木くん、帯ずれてるよ」

「志摩心晴、しれっと鈴木くんの変なとこ触るな」


 もみくちゃにされながら花火が見られる場所まで移動する。

 まだ集合して一時間も経っていないのにヘトヘトだった。

 ビニールシートを敷き、四人で並んで座る。厳正なるじゃんけんの結果、右隣に心晴さん、左隣にアーヤ、その隣が陰山となった。


「納得いかない」

「仕方ないだろ、じゃんけんで決まったんだし」


 アーヤの言う通りなのだが、陰山は憤慨やるかたないという感じだ。


「やはりここは公平にローテーションにすべき」

「ごめんね、陰山さん。でもみんな花火見てるのに立ったり座ったりしてたら邪魔になるでしょ」


 心晴さんの言う通りなのだが陰山は「匍匐前進で移動したらいい」とごねていた。

 ちなみに僕はずーっと引き攣った笑みを浮かべていた。


 いつ爆発するとも分からない三人に囲まれて見る花火は生きた心地がしなかった。

 夜空に巨大な枝垂れ柳が浮かんだ数秒後にドゴーンッという一際大きな爆音が響いた。


「きゃっ!」


 右隣の心晴さんが驚いて僕の手を握る。

 笑いながらほどこうとすると、きゅっと捕まれてしまった。


(ちょ、まずいって)


 そう訴える視線を送ったが、心晴さんは知らんぷりをして花火を眺めていた。


 次に小さな花火が無数に打ち上げられていく。


「うわ、きれーだね! すごい!」


 アーヤは笑いながらしれっと僕の左手を握ってくる。


「ちょ、おい」

「ほら見てよ、鈴木!」


 アーヤも完全に何食わぬ顔で握り続けてくる。

 右手は心晴さん、左手はアーヤ。互いに相手が手を握ってるとは知らない。

 文字通り両手に花の状態だ。地獄だけど。


 陰山に見られたら本気でヤバイと警戒したが、彼女は完全に花火に瞳も心も奪われていた。


 花火が打ち上がりはじめて三十分ほど経過した頃、陰山が中腰で立ち上がる。

 手を繋ぎっぱなしなのがバレたのかと思い、心臓が縮み上がる。


「どうしたの?」

「その、ちょっと……トイレに」


 よほど我慢していたのか、陰山はスススっと素早くトイレへと向かった。

 幸いトイレはそんなに遠くない。

 しかし十分経っても戻ってこなかった。


 トイレが混んでいるのかもな。

 そう思ったが、妙に胸騒ぎがした。


「ごめん。僕もトイレに」


 二人に断ってトイレへと向かう。

 近くのトイレは意外にも空いていた。

 花火の最中だから我慢しているのだろう。

 しかし陰山の姿はなかった。


『私、すぐ迷子になるから』


 先ほどの陰山の言葉が脳裏に甦る。

 辺りを見回しながら陰山を探した。

 あれだけ目立つ浴衣ならすぐに分かるはずだ。

 しかし辺りはすっかり暗くなっていたので遠目ではよく見えない。

 注意深く視線を動かしながら早歩きで陰山を探す。


 僕たちが花火を見ていた場所からずいぶん離れた位置で陰山を見つけた。

 不安げにキョロキョロしており、涙目である。


「陰山、こっち」

「す、鈴木くんっ」


 僕を見るなり陰山はぽろっと涙を流し、飛び付いてくる。


「うわっ!?」

「怖かったよぉ! もう二度とみんなと会えないと思った」

「大袈裟だなぁ」


 綺麗に結った髪を乱さないよう、そっと頭を撫で、背中もポンポンしてやる。


「戻ろうと思ったら全然知らないところに来ちゃって、焦って移動したらもっと分からなくなっちゃって」

「本当に迷子になりやすいんだな」


 よほど怖かったのか、声が震えている。

 いつもの感情を出さない淡々としたしゃべり方とはまるで違っていた。


「ほら、帰ろう。みんな心配してる」

「うん」


 陰山がちょこんと手を出すので、その手を握る。

 その指は不安なほど細くて、冷たかった。


 元の場所に戻る途中大きな花火が上がった。

 辺りからは「おおーっ!」という歓声が響く。


「綺麗……」


 花火の明かりで陰山の顔がぼんやりと赤く染まる。


「花火なんて久し振りだけど、いいものだね」

「うん。しかも鈴木くんと見られてしあわせ」


 陰山はくすぐったいことを言って、きゅっと手を握ってきた。

 実際の僕の青春時代にはなかった美しい瞬間に、不覚にも胸がときめく。


「来年も、再来年も、この先ずっと鈴木くんと見たい」

「そんな先のことより今年の花火を楽しもう」

「……うん」


 陰山は静かに頷き、僕の腕に寄り添う。

 また大きな花火が上がって、会場にはどよめきのような歓声が起きていた。


 このあと席に戻ると一番の見所で僕がいなかったことを二人からさんざん詰られた。

 花火のクライマックスを僕と一緒に見ていた陰山は少し優越感に浸った顔をして二人を見ていた。




 ────────────────────



 修羅場を切り抜けていく鈴木くん。

 なんだかみんなの扱いが少しこなれてきた感があります。

 でも負けヒロインは三人だけじゃない!

 次回、久々にあの負けヒロインの登場です!

 お楽しみに!


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