第39話 混在する世界

「あなたからやって来るなんて珍しいわね」


 女川先生はパソコンのディスプレイから目を逸らさずにそう言った。


「部屋まで押し掛けてしまい、すいません。確認したいことがありまして」

「なにかしら? あまり新しく教えられることはないけれど」


 ものすごい速度で指を動かしタイピングをしている。

 きっとこの世界を直すプログラムの仕事をしているのだろう。

 僕の話など上の空で聞いているのは丸わかりだ。


「なぜ僕は『負けヒロイン』に殺されなければならないのでしょうか?」

「今さらそんなこと? 心を病んで凶行に走るからでしょ」

「それは分かります。でもそれって異常じゃないですか? だってここはギャルゲーの世界ですよね? フラれて心を病んだからって殺人を犯すなんて、ギャルゲーの世界ではそうそうあり得ないと思うんです」


 そう告げると女川先生はピタッと指を止め、眼鏡のブリッジをくいっと押し上げながら僕を見た。

 その目は僕を試すようでもあり、なにか疚しいことを隠すようでもあった。


 ずっと諸悪の根源は優理花にあると思っていた。

 でも違う。

 そもそもの間違いはこの人にあるんだ。

 女川先生はなにかを知っている。

 そして僕に隠している。


「なにが言いたいの?」


 こちらの出方を見るような、探りをいれるような聞き方だ。

 タクマと話して違和感を感じ、そして自分なりに出した答えを口にする──


んじゃないですか? もっと殺伐とした、ホラーゲームの世界かなんかだと思います」

「へぇ……」


 先生は表情を変えず、静かに立ち上がる。

 やけに落ち着き払った態度が逆に怖かった。


「違いますか?」


 僕の質問に答えずキッチンに向かう。

 刃物でも取り出すのかと身構えたが、冷蔵庫を開けた。

 その中に死体でも入っているのではないかと息を飲む。


「うっ……」

「驚いた?」


 冷蔵庫の中にはぎっしりとドクターペッパーが冷やされていた。

 三段ある棚はもちろん、ドア側の棚にも、玉子を入れるところにまで。

 その他の食べ物はなく、一面埋め尽くされた光景は禍々しい現代アートのようでさえあった。


「好きなのよ、これ。どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 先生はボトルをブシュッっと開け、直にドクターペッパーを飲む。


「それで、どうなんですか? ホラーゲームなんですよね?」

「なかなか鋭い考察ね。でも正解ではないわ」


 疲れたように笑い首を振る。


「鈴木くんが指摘した通り、闇落ちするのはホラーゲームの影響よ。どうやら他で開発中のホラーゲームがこのゲームに混入してきたみたいなの。でもこの世界は学園恋愛ゲームで間違いないわ」

「混入……?」

「ええ。何かのエラーでね。でもそんなことはあなたには関係ないの。あなたはとにかく一年間平穏に暮らしてもらう。それでバグは直るはずだから」

「なんでそんなことに……」

「さあ。知らないわ。とにかくプログラムを直すのは私の仕事。『負けヒロイン』ちゃんたちのメンタルケアに集中して。あなたが終わらなければ私も帰れないんだから」


 話は終わりとばかりに彼女はまたパソコンに向き合ってしまう。

 まだなにか隠しているような気はしたが、これ以上なにか聞き出すのは難しいようだ。

 ひとまずただのギャルゲーの世界じゃないと分かっただけでも収穫はあったと思い、先生の家をあとにした。

 生ぬるい空気を感じながら延びをする。


「あー、明日は晴れかな……」


 雲一つない夜空を見上げてため息をつく。

 出来れば雨が降って欲しかった。

 なにせ明日は花火大会だ。

 日曜日ということもあり誰のターンでもないので三人全員と花火を見に行くこととなってしまっている。

 波乱があるのは間違いない。

 下手すれば誰かが闇落ちし、そのまま僕の命日になりかねないだろう。



 ──

 ────



 待ち合わせの駅に到着すると、浴衣姿の人でごった返していた。

 みんな目的は花火大会なので人の流れが出来ており、立ち止まることも出来ない。


 正直僕はこの雰囲気が得意ではなかった。

 なにも暑い夏に人が密集するとこに行き花火を見る神経が分からない。


 三人からは絶対に浴衣で来いと言われていたので仕方なく着てきた。

 でも履き慣れない下駄のせいですでに足はちょっと痛かった。


 待ち合わせ場所に到着すると既に心晴さんが到着しており、僕を見ると満面の笑みを浮かべてやって来た。

 白地に青の朝顔模様の浴衣がよく似合っている。


「うわぁ、鈴木くん、浴衣似合うね!」

「そう?」

「なんか高校生の男子が着るとチャラく崩したり、もしくは浮いてるような感じがするのに、鈴木くんが着ると落ち着きがあって大人って感じ」

「そうかな?」


 社会人時代に何度か着たことがあるのでそのせいなのかもしれない。


「変に胸がはだけてないし、でもカチッとしすぎてなくてゆったりしてる。色合いもいいね」

「……もしかして心晴さんって浴衣フェチもあったりする?」

「んふー。多趣味なもので」


 心晴さんはにへらとだらしなく笑い、僕の襟を直す振りをしてこっそりとうなじ辺りをスンスンと嗅いでくる。

 触られてないのに擽ったい感じでゾワッとなってしまう。


「心晴、近付き過ぎ」


 冷ややかな声とともにアーヤがやって来る。

 どこで買ったのか知らないけれど、カラフルなハイビスカスの柄の浴衣がとても彼女らしい。


「ちっ……邪魔が入ったか」

「ったく。油断も隙もったもんじゃない」


 アーヤは僕と心晴さんの間にグリグリと身体をいれてくる。


「アーヤの方が近付いてるし」

「あんたはさっきすり寄ってたでしょ。次はうちの番」

「そんなに接近してないし。てかわざとおっぱい当てにいってるよね、それ」

「はぁ? んなことしてないし。てか心晴みたいな大人しい顔の子の方がえげつないことしてくるからね。鈴木、気を付けなよ」


 早くも二人の間で冷たい火花が散る。

 血の花火が打ち上がらないか、早くも肝が冷え始めてきた。



 ────────────────────



 夏といえば花火!楽しそうですね!(やけくそ)


 きゅんきゅんとビクビクを同時に味わえるお得なラブコメ小説の花火大会はどんな展開が待ち受けているのでしょうか?


 それにしても甘々で爽やかなのラブコメ『どうやら日沖さん~』と同時に更新しているとあまりのギャップに頭が混乱します。



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