第23話 ハプニングえっちは真夏の定番

 ベランダは間接照明でうっすらと床だけが照らされていた。

 なんとなくジャグジーはLEDで色とりどりの照明をしているパリピ仕様だと思い込んでいたから意外だった。

 夜の闇がベランダの床付近まで続いており、頭上には満天の夜空が広がっていた。


「へぇ……雰囲気がいいな」


 シックな外観といい、落ち着いた内装といい、このジャグジーといい、優理花の両親のセンスはいいようだ。


 服を脱ぎはじめて水着を持ってこなかったことに気付いた。


「ま、いいか。どうせみんな寝てるし」


 そのままパンツも脱ぎ、裸になってジャグジーに身を沈める。

 ややぬるめのお湯が夏の火照った肌には心地いい。

 湯船にあるボタンを押すとヴィーンと低い音を立てて気泡を含んだ水流が流れ出す。


「あー、気持ちいい」


 黒々とした海と濃紺の夜空と星だけの景色。

 雑音はなにもなく、波の音だけが遠くから聞こえてくる。

 目を閉じてそれを聞いていると、ひと言に波の音といっても様々なものがあることに気付かされる。


 大きな波が打ち寄せる音、潮が引く音、引き潮に小さな波がぶつかる音……

 視覚がないと聴覚や嗅覚、触覚など他の感覚が研ぎ澄まされていく。


 ザザーッ、ザブンッ、ザー……サーッ……ザブザブッ、バタン、ザブンッ、ザザザザーッ……


 ん?

 バタン?


 目を開けるとアーヤがドアを開けてこちらへと向かって来ていた。


「ちょ!? アーヤ! 僕が入ってるから!」

「す、鈴木っ!? なにやってのよ!」

「なにってジャグジーに浸かってるんだよ」

「いまはうちの時間でしょ」

「うちの時間?」

「あ、そうか。鈴木は寝落ちしちゃったから聞いてなかったんだっけ。ジャグジー入る時間をみんなで決めたの。うちは長く入りたいから最後にした」


 言いながらアーヤはするりと服を脱いでしまう。


「ま、いーや。一緒に入ろ!」

「ちょ、待てって」

「下に水着つけてるからいいでしょ」


 昼間に見た面積の少ないワンピース水着が現れる。

 何度見ても刺激的だ。


「いや、でも」


 ジャグジーの泡で見えてないのだろうけど、僕は水着を着ていない。

 それを言い淀んでいるうちにアーヤが湯船に入ってきてしまう。


「お、おい! なんで重なるんだよ! 向かいに座れってば」

「いいじゃん。椅子みたいで」

「僕を椅子代わりにするな!」


 アーヤのぷにっとしたお尻の感触に全身が硬直する。


「おー、いいじゃん、鈴木椅子」

「そんなに動くなって!」


 鈴木椅子の座面に突起が出来ちまうだろ!


「すごい星の数だよねー。星座とかもともと全然分かんないけど、こんなに星があったら更に分かんなくない?」

「そうだよなぁ」

「こんなん見てサソリだとか天秤だとか考えた人って想像力豊かすぎじゃね?」


 振り向きながら話し掛けてくるから、顔が近すぎる。

 ちょっと動いたら唇がくっついてしまう距離だ。


「てか鈴木って意外と筋肉あるんだね。腕とかカチカチじゃん」

「あんまり触るなって」


 腕以外もカチカチになりそうだから。


「うちなんてフニフニだよ? ほら、触ってみ?」

「触るかよ」

「遠慮いらないから」


 先ほどの落ち着いた気持ちなど霧散し、心臓がドクドクと暴走する。

 ジャグジーから上がって逃げ出したいけれど、立ち上がった瞬間に全裸がバレてしまう。


「あー、いい気持ち……」


 アーヤは大きく伸びをしてからだらんと脱力した。

 ぼんやりと二人で言葉もなく夜空を眺めていた。


「このまま寝ちゃうかも」

「寝るな寝るな」

「おやすみぃ」

「寝たら死ぬぞ!」

「なにそれ。雪山じゃないんだから」


 笑いながらアーヤが立ち上がる。


「あーあ。なんかショック」

「どうした?」

「この状況でえっちなことしてこないってあり得る?」


 口を歪めて睨んでくる。


「うちじゃなくて陰山の方がいいの?」

「そういう問題じゃ──」

「それとも心晴?」


 僕の心の奥を覗くように、ズイッと顔を近づけて瞳を覗いてくる。


「あのなぁ。アーヤも陰山も心晴さんもみんな友だちなんだよ。友だちにえっちなこととかしないだろ」

「本当に?」

「本当だ」


 目を逸らせば疑われるので、僕もアーヤを見詰め返す。


「男子高校生なんてフツー欲の塊でしょ。まったく……」


 呆れたようにタオルを手に取り身体を拭きはじめる。


「まぁでもちょっと嬉しかった。簡単に手を出す男とか信用できないし」

「どっちなんだよ」


 言ってることが支離滅裂で笑ってしまう。


「いつも学校ではふざけてばっかのクセに妙に真面目だよねー、鈴木って」

「褒めてんの?」

「けなしてるの」


 そう言ってアーヤはおちょくるように笑った。


「今日のとこはこのへんにしといてあげるから。じゃーね」


 アーヤはそのままドアの方へと歩いていく。

 脱いだ服を忘れてベランダから出ていこうとしている。


「待って、アーヤ。服忘れてるよ」


 慌ててジャグジーから上がり、服を持って追いかける。


「ありが──きゃああ! 何て格好してんのよ!」

「へ? あぁ!?」


 全裸だということをすっかり忘れていた。

 慌ててしゃがんで前を隠す。


「へ、変態! マジ信じられない!」


 アーヤは月明かりでも分かるくらい顔を真っ赤にして逃げるように立ち去っていった。

 ペタペタペタという足音が人生終了のメロディーのように聞こえていた。



 ────────────────────



 人はなぜ、ジャグジーでミスを犯してしまうのでしょうか?

 人はなぜ、合宿イベントでハプニングえっちに遭遇するのでしょうか?

 それらは全て神の試練なのでしょうか?


 次回、『さらば、鈴木くん。僕たちは君を忘れない』

 お楽しみに!(嘘)

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