第35話 作戦失敗(7回連続28回目)

 今日の僕は違う。

 その場しのぎの適当な優しさなど見せず、冷めた態度でアーヤに接すると心に誓っていた。

 既に心晴さんと陰山は取り返しがつかないくらい深入りしてしまっている。

 これ以上事態をややこしくしないため、上手にアーヤに嫌われる作戦だ。


 駅前の広場で待っているとアーヤが駅から出てきた。

 今日もゆるんと肩の出た扇情的な服を着ている。

 まだ僕を見つけられてないらしく、辺りをキョロキョロしていた。

 少し不安げな様子は素の彼女を見るようで面白い。

 なかなか見つけられないらしく、スマホを取り出して操作すると直後に僕のスマホが鳴った。


「ねぇ、どこ?」

「こっちだよ」

「こっちってどこ?」

「振り返ってごらん」


 髪をフワッとさせながら振り返ったアーヤは僕を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。


「ちょっとぉ。気付いてるなら声かけてよね」

「ごめんごめん」

「じゃ、まずはこっちだよー」


 さりげなく腕を組んでこようとするので、こちらもさりげなくするりとかわす。

 ちょっとムッとした顔をしていたが気付いてない振りでやり過ごした。


「ここに来たかったの」


 到着したのは昨日賢斗と奈津の三人で来たスイーツ店だった。


「あー、ここか」

「知ってるの?」


 アーヤは不満と疑心に満ちた瞳で僕を睨む。


「昨日来たんだよ」

「誰と? 心晴? 陰山?」

「違うって。賢斗とだよ」

「嘘だ。男二人で来るような店じゃないでしょ」

「賢斗のいとこが来てたんだ。お洒落なところに行きたいって言うから連れてきた」

「ふぅーん。あっそ」


 アーヤはツンと顔を上げ、店の前を通りすぎてしまう。


「入らないの?」

「昨日来たんでしょ?」

「美味しかったから全然問題ないよ」

「うちが嫌なの」


 外は暑いので結局よくあるチェーン店に入り、昼食を摂ることとした。


「ねぇ、もう心晴と陰山と一日過ごしたんでしょ?」

「言い方。別に普通に料理手伝ったり、ゲームしただけだから」

「どうだった?」

「どうだったって訊かれても」


 匂いを嗅ぎあったとか両親にご挨拶したとか言えるはずもない。


「な、なんで黙るのよ! まさか鈴木、言えないようなエッチなことをしたんじゃ」

「んなわけあるか!」

「じゃあなんで言わないのよ」

「そりゃ普通そうだろ。他の人と何をしたとか喋られたらアーヤだって嫌だろ」

「それはっ……まぁ、そっか……」


 アーヤは口を歪めながら納得した。


 昼食のあとはブラブラと買い物をする。

 ギャルギャルしいショップを回るのかと思いきや、雑貨屋やらおとなしめの服を置いてあるショップなどを見て回った。

 清楚な服を身に当てるアーヤは可愛かったけれど、なるべく抑えて対応した。

 これ以上火種を増やしたら、本当に身に危険が及びかねない。


 美容室の前を通るとアーヤはガラスに反射した姿を見てため息をつく。


「あーあ。うちもイメチェンしようかな」

「金髪とかにしたらまた生徒会の人たちに怒られるぞ?」

「違うし。黒髪にしてミドルボブとか」

「マジか? ずいぶんと思い切ったイメチェンだな」

「だってその方が鈴木の好みなんでしょ?」

「は?」


 アーヤは毛先を摘まみ、不貞腐れたように見つめていた。


「だってうちといても全然楽しそうにしてないじゃん」

「そんなことないって」

「うそ。絶対心晴とか陰山といるときの方が楽しそうにしてるし」


 怒っているというよりは悲しんでいる。

 いつものアーヤからは想像できない展開だ。


「別にそんなことないって」


 そう言ってもアーヤは僕と目も合わそうとしない。


「そもそもそんなことでイメチェンとかしていいの? 髪型もファッションもポリシーや誇りがあってしてるんじゃないのかよ?」

「そりゃあるよ。あるけど、それより鈴木の方が大切なの」


 アーヤはすがるような上目遣いで僕を見た。


「鈴木って見た目でうちのこと決めつけないで、信じてくれたじゃん。優理花と喧嘩したときも、スマホがなくなった事件の時も」

「そんなこともあったな」


 数か月前のことなのに遥か昔に感じられる。


「そーゆうの、はじめてでさ。うちってこんなだから、いつも悪者側にされてきたから。まぁ実際そんな褒められたこともしてこなかったから仕方ないけどさ」


 アーヤは確かにクラスで浮いている。

 あからさまに嫌われたりハブられてはいないけど、心からうち解け合ってる友人というものはいない。


「前にも言ったけど、裏切られるのが怖くて、あんま他人と仲良くなれないんだよね。実は中学の時、仲間と思ってた子らに裏切られてね。それからずっと、人は信じられない」

「そうだったんだ」

「でも鈴木はいつでも裏切らなかった。信じてみようって思わせてくれた」


 そんなにアーヤから信頼されていたとは知らなかった。

 でも言われてみれば確かに今回の僕はアーヤと正面から向き合ってきた気がする。

 こんな状況じゃなければアーヤみたいなギャルとは一生涯関わることもなかっただろう。

 でも関わってみて、思っていたよりもずっと普通で面白い人だと知った。


「うちにとって鈴木は特別なの。だから鈴木に好かれるなら、髪とか服とか、よゆーで変えられる」


 アーヤにじっと真っ直ぐに見詰められ、視線をそらすことはできなかった。



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 なぜいつも鈴木くんは作戦が失敗してしまうのか?

 なぜ我々が愛した鈴木くんは死なねばならなかったのか?


 優しすぎる彼は本当にこの修羅場を抜けきれるのでしょうか?

 頑張れ、鈴木くん!


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