第6話 謎部、設立

 ────

 ──


「アーヤと仲良く?」


 心晴さんは不思議そうな顔をした。


「そう。頼むよ。あいつ、結構教室でも浮いてるだろ? 心晴さんが仲良くしてくれたら少しは変わると思うんだよね」

「でも正直ちょっと苦手なんだよね。なんかいつも怒ってる感じがするし」

「悪い奴じゃないんだよ。本当はけっこういい奴でさ」


 両手を合わせて拝み倒すと、心晴は快く頷いてくれる。


「うん、わかった。鈴木くんのお願いなら頑張ってみる」

「ありがとう、心晴さん!」


 見事成功だ。

 アーヤだけではなく心晴さんの方にもお願いしておく。

 これで二人は接近してくれるだろう。


「あ、それはそうとクッキー食べてくれた?」

「もちろん。ありがとう。美味しかったよ」

「ほんと? よかったぁ」


 心晴さんはパァッと表情を明るくする。

 クッキーはお世辞抜きに美味しかった。

 女子の手作りクッキーなんて食べるのははじめてだったけど、やはりいいものだ。



 6月に入り、賢斗と優理花はだんだん接近している。

 まだ闇落ちしている負けヒロインはいないが、これからあちこちで火の手が上がるだろうから油断はできない。

 戦いはまだ始まったばかりである。


「お、鈴木! こんなとこにいたのか」


 賢斗が僕を見つけて駆け寄ってくる。

 ……なんか嫌な予感だ。


「どうした、賢斗」

「鈴木って部活入ってないよな?」

「まぁな」

「俺たちと一緒に部活作らない? 『エンジョイ勢帰宅部』って言うんだけど」

「エンジョイ勢帰宅部? なにそれ?」

「帰宅する途中で石蹴りしたり、商店街マップ作ったり、神社の清掃したりする部活。楽しみながら帰る帰宅部だな。いいと思わね?」


 賢斗はマルチ商法に引っ掛かった人みたいに目を爛々と輝かせて説明してくる。


「……それってもしかして優理花が考えたの?」

「そう。おもしれーよな、アイツ」


 あの女、謎部を設立しようとしてやがる。

 さすがはメインヒロインの『おもしれー女』だ。

 油断も隙もない。


「そんな部活、生徒会が承認するわけないだろ」

「生徒会の承認なんていらないよ」

「げ、仙川優理花っ!」


 神出鬼没に優理花が現れる。


「承認がなければ部室も貰えないんだぞ」

「帰宅部だもん、そんなものいらないよ。みんなで集まればいいだけ」


 ニッコリと笑う優理花から慌てて目を逸らした。

 彼女の笑顔はゴーゴンの石化バリに危険だ。

 正視してしまうと心臓を捕まれるくらいドキッとしてしまう。


「悪いけど僕は忙しいから」

「私たち以外にも部員もいるよ、ほら、あの娘」


 優理花は少し離れたところにいる女子を指差した。


「うっ……陰山かげやま紗知湖さちこ


 陰山を見て、ビクッと身体が震えた。


 陰山紗知湖。

 同じ二年の生徒だ。

 腰まである長い黒髪で背の低い女の子である。

 パッと見可愛らしいが、友達は少ない。

 その理由は彼女の性格にあった。

 彼女は高校二年にもなり、中二病を罹患しているのだ。


 陰山は異世界から転生してきたと言い張っている。

 目にかかるほどの長い前髪はおでこにある『第三の瞳』を隠すためだそうだ。

 左手にはいつもシュシュのようなものをリストバンドとして着けているけれど、それは『忌まわしき闇の力』を封印しているためらしい。


 そんな陰山ももちろん『負けヒロイン』の一人である。

 とはいえ陰山は毎回登場するわけではない。

 展開によってはまるっきり絡んでこないことが多い。

 しかし絡んでくるとやっかいである。

 とんでもなくヤンデレで賢斗を誘拐監禁してしまうこともあるほどだ。

 ちなみに僕も第五周のときに殺されている。


「おーい、さっちぃ!」


 優理花が手を振るとこちらに向かってくる。

 特殊な歩き方を体得しており、あまり頭を動かさずスーッと滑るように歩いていた。


「さっちぃではない。私はエミリア·ハインリッヒ·クロノフという真名があると何度言えば」

「おい、陰山。こんな部活入るなって」


 エミリアと呼ばなかったことが不服なのか、前髪に半分隠れた目で睨まれる。


「私の行動は私が決める。君に選択権はない」

「そりゃまあそうだけど。でもなにもこんな変なものに加わらなくていいだろ?」

「ユリイカに誘われたから。ユリイカのすることなら新たなる発見があるかもしれない」

「ユリイカ?」

「私のことみたい」


 優理花はへらっと笑いながら自らを指差す。

 優理花だからユリイカなのだろう。よくわからないけれど。


「そういうわけだし、鈴木も参加しようぜ」

「どういうわけだよ。っていうか賢斗がまず目を覚ませよ」

「エンジョイ勢帰宅部なんて面白そうじゃん」


 駄目だ。

 完全に優理花に洗脳されている。

 まだ陰山は賢斗に惹かれてないようだし、賢斗も優理花に完全に恋してるとまではいってなさそうだ。

 しかしこのまま放置すれば関係が発展し、やがて陰山が闇落ちするのは火を見るより明らかだ。

 それなら──


「わかったよ。暇なときは参加する」


 僕も参加して食い止めるしかないだろう。


「よし、決まりぃ!」


 優理花が手を上げてくるので仕方なくハイタッチする。

 これまでにはなかった謎部設立という展開に、嫌な予感しかしなかった。




 ────────────────────


 人の苦労も知らずに暴れまわるメインヒロイン優理花。

 謎部とか面白れぇ女ならではの発想です。

 そして登場した新負けヒロインの陰山。

 頑張れ鈴木くん!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る