第5話 負けヒロイン互助会

「よう、鈴木!」


 パチンっと不意に背中を叩かれてビクッとしてしまう。


「痛いなぁ」

「あ、ごめん。痛かった?」


 振り返るとアーヤが少し眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をしていた。


「いや、別にそれほどでも」

「ねぇ、鈴木。一緒に帰ろ」

「え? 僕と?」


 反射的に教室を見回すと賢斗はおもしれー女優理花と教室を出ていくところだった。

 優理花はなにか面白いものを見つけたのか、しきりに賢斗に話し掛けている。

 鬱陶しそうにしつつも、賢斗は嬉しそうだ。

 しかしアーヤはそんなこと全く気にかけていないようだった。


「ほら、行こ」

「あ、ちょっと」


 アーヤは僕の鞄を持って歩きだしてしまう。

 でも別に怒っていたり病んでいたりしてる様子はない。


 賢斗や他の負けヒロインたちのことが気になるが、アーヤを止められず、仕方なく着いていった。



「プリクラ撮ろ!」

「え、僕と?」


 アーヤはさっさと中に入り、コインを投入する。


『笑って!』

『可愛く!』

『ポーズを決めて!』

『変顔!』

 プリクラマシーンは次々と色んなことを要求してきた。

 まごまごしている僕をよそにアーヤは次々とポーズを決める。


「ちょっとー、鈴木! 証明写真じゃないんだからポーズ決めて!」

「こ、こういうの慣れてなくて」

「ウケる! いつも教室でしてるみたいにはしゃぎなよ!」

「そう言われても」


 学校でふざけているのはいわゆる『ビジネス陽キャ』で、地金の僕はただの陰キャだ。

 恥ずかしながら27年間も生きてきて、プリクラを女子と二人で撮るなんて経験したことはない。


『これが最後だよ! はい、ポーズ!』


 その掛け声と共にアーヤは僕に顔を寄せてピースをした。

 甘い香水の匂いやら、長い髪が触れる擽ったさやらで頭がぽーっとしてくる。


「よし、落書きしよ!」

「う、うん」


 アーヤ スズキ

 初プリ

 キンチョーしすぎ

 証明写真かよっ!


 アーヤは次々と落書きをしていく。

 犬の耳を着けたり、目を大きくしたりと様々な加工も施していた。

 完全に使いこなしている。


「ウケるー! ほら、鈴木も」

「どうしていいかわからないし」

「てきとーにやればいいの! 変なとこ真面目なんだから」


 原型がわからなくなるほど加工したプリクラが完成する。

 それを見てアーヤはゲラゲラ笑っていた。

 これじゃ誰の写真なのかわからない。

 でもプリクラとはそういうものなのかもしれない。

 きっと写真を撮るという行為とはまったく違う目的なのだろう。


 ゲーセンを出たあとはアメリカ直輸入的な印象の喫茶店に入り、レモネードとドーナッツを食べる。

 アーヤにとってはごく普通の放課後の過ごし方なのだろうけど、僕にとっては海外旅行くらいのカルチャーショックな体験だった。


「なんか鈴木って二人で会うと教室にいる時と全然違うよね」

「ごめん。つまらなかった?」

「謝んなって。いい意味で言ってるの」

「そうなんだ」

「なんていうかさ、大人な感じだよね」

「大人!?」


 ビックリしてレモネードが気管に入って噎せる。

 僕が本当は27歳のおっさんということがバレたわけがないとは分かりつつも、冷や汗が流れた。


「おっさん臭いとかじゃないよ? ウチ頭バカだからうまく表現できないけれど、なんていうか、考え方がしっかりしてるっていうか、人を偏見で見ないって言うの? なんかそんな感じ」

「なんだ、そういうこと?」


 それはそう対応されたらアーヤが喜ぶと知っているからそうしているだけだ。

 逆に幼馴染みの心晴などは『見た目どおりしっかり者だね』的なことを言って喜ばせている。

 卑怯と謗られることはあっても、褒められるようなことではない。


「別に大したことじゃないよ」

「そうやってえらそーにしないとことかもすごいよね」

「褒めすぎだって」


 アーヤはジィーッと僕の目を覗き込んでくる。


「キョドったり、やけに落ち着いてたり、不思議な奴だよね、鈴木って」

「僕が人生七周目だからじゃない?」

「なにそれ! ウケる!」


 思い切って本当のことを言ってみると、アーヤは笑いながら手を叩く。

 まあ、そりゃそうだよね……


 よくわからないが、どうやらずいぶんとアーヤの信用を得られているようだ。

 そうなれば作戦は第二段階へと突入だ。


「それはそうとアーヤって心晴さんと仲いい?」

「心晴? 賢斗と幼馴染みの?」

「そう」

「んー……フツーかな。なんで?」

「心晴って結構いい人だと思うんだよね」

「悪い奴じゃないよね。たまに賢斗の幼馴染みアピールがウザいけど」


 嫌いではなくても恋敵だからそれほど好きじゃないのだろう。


「仲良くしてみたら? 心晴はあんまり人にレッテルとか貼らないし」

「ふぅん。なんで急にそんな話を?」


 アーヤは不思議そうに首をかしげる。


「アーヤを理解してくれる人と付き合った方が、学校生活も楽しいだろ」


 嘘の理由を伝えるとアーヤは「なるほどねー」と頷く。

 本当の目的はそんなことじゃない。

 真の狙いは負けヒロイン同士を仲良くすることだ。


 負けヒロインたちは相談相手や共感してくれる人がいないから闇落ちしやすい。

 だったら負けヒロイン同士を仲良くさせ、相談相手にさせようという作戦だ。

 言うなれば『負けヒロイン互助会』の設立である。


 どうせ彼女たちの悩みはみんな同じで、『賢斗が優理花と仲良くなる』ということだ。

 同じ悩みを抱えるもの同士なら痛みも分かるはずだ。

 しかもアーヤはこう見えて他人が興奮すると落ち着けるという性格でもある。

 負けヒロインたちを慰めたり落ち着かせる役にピッタリだ。


 僕一人がメンタルケアをするには限界がある。

 むしろ負けヒロイン同士でメンタルケアをさせようという、七周目にして僕が思い付いた秘策だった。


「心晴もアーヤみたいな明るい友達が欲しそうだったし、仲良くしてみてよ」

「ふぅん。わかった。鈴木が言うならそうなのかもしれないし、仲良くしてみる」

「ありがとう」


 これで一歩前進だ。

 今回こそ誰一人闇落ちさせずにクリアーしてやる。

 そして元の世界に戻ってやる!

 元の世界に戻ったら緊張感なくだらだらと深夜までゲームをするんだ!




 ────────────────────



 なにやら死亡フラグ的なことを誓う鈴木くん。

 でも負けヒロイン同士を仲良くさせるアイデアはなかなかのもの。

 負けヒロインはこれからもまだまだ登場していきます。

 鈴木くんの活躍に乞うご期待!

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