第7話 今がそのとき

 放課後になると優理花と賢斗がやって来る。


「さあ記念すべき初活動に行こうか」

「今日からするの?」

「当たり前でしょ! 初日から欠席とか許さないからね」


 隣のクラスの陰山を迎えに行き、四人で昇降口へと向かった。

 途中心晴さんとすれ違い、何事かという目で見られる。

 賢斗と優理花が一緒にいるが僕もいるからか、それほど険しい表情ではなかった。

 とはいえ「なにしてるの?」と声をかけてくるほど穏やかな気持ちでもなかったようで無言だった。


「さて初日の今日は駅までの道のごみ拾いです」

「マジかよ」

「はい、これ」


 優理花は軍手とごみ袋を一人づつ配る。


「ちょっと待ちなさい」


 靴を履き替えた僕らの前に現れたのは生徒会長の雪村さんだった。

 隣には以前校門で見かけた凛とした表情の一年女子もいた。


「なんでしょうか?」

「あなたたち、無許可で部活を立ち上げたそうですね。そんな行為は認められません」

「なんでもう知ってるんですか!?」


 あまりの早さに驚いて、思わず質問した。


「これを見ました」


 雪村さんが言うと隣に控えていた一年女子が一枚のチラシを広げて見せてくる。


『新入部員求ム! エンジョイ勢帰宅部!』


 手書きで下手くそな絵が添えられた粗末なチラシだ。


「え? なにこれ?」

「私が作って配ったの。仕事早いでしょ?」


 優理花が自慢げに胸を張る。

 こんなものを手当たり次第に配ったら、そりゃ生徒会にもバレる。

 あまりに軽率な行動にため息が漏れた。


「こんなものは認められません。部活を開設するならきちんとした手順を踏んでください」

「手順って?」


 賢斗が訊くと雪村先輩はフンッと顔を逸らす。

 澄ましているけどちょっと頬が赤い。

 分かりやすいツンデレだ。


「まずは部員を五人以上集めて顧問の教員を決めてください。その上で活動内容、高校生活で必要な理由、部費の試算、それから──」

「あー、もう。そういうのいいから」


 優理花は面倒くさそうに雪村さんの言葉を遮る。


「そうはいきません。部活というのは勝手に作っていいものではなくて」

「部活じゃないから。エンジョイ勢帰宅部って名前だけど個人的な集まりなの!」

「だとしたら校内で仲間を勧誘するチラシを配るのは校則違反です。それに帰宅時に寄り道をすることも禁止されてます」


 雪村さんは当然用意していたであろう文言を涼しい顔で述べる。

 隣の一年女子は気まずそうに目を伏せていた。


「そんなことしてたら高校生活終わっちゃうよ?」


 空気を読むということをまるで知らない優理花はズイッと雪村先輩に顔を近づける。


「規則とか手続きばっかりの高校生活になっちゃう」

「それは必要なことだから」

「そう。必要なんだよね、生徒会長さんにとっては。だからその考えは否定しない。でも私は嫌なの。だから規則を破らないように楽しむ」


 無茶苦茶な言い分だけど優理花の生き生きとした表情や跳ねるような声で言われると一理ある気がしてきてしまう。


「だって高校生って三年間だけだよ? 八十年くらいある人生の中でたった三年。でもその三年間って一生覚えてるでしょ? 映画でも小説でも漫画でも高校生が主役ってものすごく多い。でも三年間しかないんだよ? 不思議じゃない?」

「今はそんな話をしてるんじゃなくて」

「風景画で桜が描かれてること多いでしょ? 他の花や木々より圧倒的に多い。でも桜が咲いてる時期なんてごくわずか。そんな桜の季節に花見もせずに花びら掃除ばっかりしてる人いないでしょ? それと一緒」


 なにが『それと一緒』なのかよく分からない。

 結局その後も十分ほど揉めたが、友達同士で下校することを止める校則は当然ないので僕たちは解放された。

 解放されてから優理花は雪村先輩や生徒会の悪口は言わない。

 そういうところだけは彼女の立派なところだろう。


「さあ、はじめるよー!」


 校門を出るとさっそくゴミ拾いが始まる。

 態度を見る限り陰山はまだ賢斗に惚れてはいなさそうだった。

 片想いをしなければ当然闇落ちすることもない。

 だから僕は陰山のそばに陣取り、なるべく賢斗と接触させないように心掛けた。


 陰山は言葉数少なく、黙々とゴミ集めをしている。

 コミュ障でいつも無口な陰山だが、それでも今日は何となく元気がないように思えた。

 やはりこんな活動参加したくなかったのだろうか?


「どうした、陰山。元気ないな?」

「え? ふ、普通だけど」

「いつものお前なら『陰山じゃなくてエミリア』とか言ってくるだろ?」


 そう指摘すると陰山は何か言いかけてから力なく首を振った。


「モブキャラの癖に勘が鋭いのね」

「モブで悪かったな」

「ごめん。モブは言いすぎた。NPC」

「おんなじだろ」


 彼女らしいジョークに笑うと陰山も小さく微笑んだ。


「さっきのユリイカの言葉、ちょっと刺さっちゃって」

「優理花の言葉?」

「高校生活って三年しかないってやつ」

「ああ、あれ」

「もう二年の初夏。既に1/3以上過ぎちゃったのかと思うと、何にもしなかったみたいで不安になる」


 浮世離れした陰山がそんなことを言うなんて意外だった。

 彼女も彼女なりに思うところがあるのだろう。

 得体の知れない謎女子というベールが捲れ、普通の十六歳の女の子の顔が垣間見れた。


「これから楽しめばいいだろ、高校生活。1/3終わったんじゃなくて、まだ2/3もあるんだから」


 陰山はキョトンとした顔で僕を見上げる。


「何かをするのに遅いなんてことはない。今がまさにチャンスなんだって思えばいいんだよ」


 陰山の頭をポンポンと撫でると顔を赤くして睨まれる。


「き、気安く頭ポンポンするな! 私は異世界から転生してきた姫なんだからね!」

「はいはい。そうでしたね」

「絶対バカにしてる!」


 彼女はプイッとそっぽを向いてゴミ拾いを再開する。

 意外と可愛いところもあるんだな。

 そんなことを思いながら彼女の後ろ姿を眺めていた。


 結局駅前に着く前にゴミ袋はパンパンになってしまった。

 歩いているときは気付かないが、拾い集めてみるとゴミというのは多いものだ。

 優理花が発案した割には案外悪くない行動だった。


「陰山、ずいぶん集めたな」

「見つけたものは全部拾ったから」


 ゴミ袋を重そうに持ちながらも満足そうだ。


「楽しかった?」

「楽しいというか……有意義ではあった」

「そうか。よかったな」

「うん。参加して、よかった」


 あの陰山の心を動かしたのだから、エンジョイ勢帰宅部も全く無駄なものではないのだろう。


「疲れただろ? ゴミ袋、僕が持つよ」

「余計なことしないで。これは私の収穫なの」


 強がっているが彼女の細腕にはかなりきつかったのだろう、本気で奪い返そうとはしてこなかった。


「ごみ拾いだけじゃなくてさ、もっと色々やればいいよ。高校生活はまだまだ半分以上あるんだから」

「……うん。ありがとう」


 陰山はいつもとは違うトーンで呟き、視線を遠くに向けて歩いていた。



 ────────────────────


 帰宅をエンジョイする四人。思ったよりもまともそう?な部活で一安心

 優理花も意外といいところありますね!

 でも部活ばかりしていると手薄になった負けヒロインが爆発するかも?

 頑張れ鈴木くん!


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