第11話 下手くそアーヤ

 屋上に出たアーヤは手すりに背を預け、だらんと首を伸ばして空を見上げた。

 夕方前の風が吹き、アーヤの長い髪が柔らかく宙を泳いでいる。


「ありがと、鈴木」

「いや。お礼を言われるほどのことじゃないって」

「みんなうちを疑ってた。でもお前だけはうちを信じてくれた」

「当たり前だろ。友達なんだから」


 グスッという息遣いが聞こえ、ようやくアーヤが泣いていることに気付いた。


「ちょ、泣くなよ」

「うるせー。泣いてないし」


 アーヤは袖で目を拭い、更に高い空を見上げる。

 その姿が切なくて、そして愛らしい。


「アーヤは下手だな。嘘をつくのが下手」


 悪ぶっても、強がっても、しょせんはまだ高校二年生の女の子だ。

 微笑みながらアーヤに近付く。


「嘘なんてついてないし」

「嘘をつくのも、人に頼るのも、甘えるのも、みんな下手くそ」


 アーヤの隣に立って空を見上げると、いきなり抱きつかれた。

 予想外の展開に呼吸が止まる。


「うるさい! うるさいよ、もう! 鈴木のくせに!」


 僕の胸に顔を埋めて、アーヤは泣いた。


「辛いなら人を頼れ。苦しいなら苦しいって言え。甘えたいなら、我慢するな」

「だからいまこうして甘えてるだろ!」

「そうだな。なかなか上手だぞ」

「うっさい」


 アーヤは僕の背中に腕を回し、ひしっとしがみつく。

 抱き返すのも違う気がして、背中をポンポンと一定リズムで叩いた。


 いつも堂々として悪態をつくアーヤは大きく見えていた。

 でもこうして受け止めていると驚くほど小さくてか弱く見えた。


「怖いんだ」


 胸の中のアーヤがポツッと呟いた。


「怖いって、なにが?」

「人に甘えたり、頼ったり、仲間だと信じるのが、怖いの」

「なんで?」

「だって……裏切られたとき、辛いから」


 もう泣き止んでいたアーヤが顔を上げて僕を見詰める。

 涙は流れていないけど、その目は痛々しいほど赤く充血していた。


「人を信用して、裏切られたら、余計傷つくでしょ? だからうちは人を信用しない。他人に期待しないの」


 それは実に彼女らしい生き方に思えた。

 それと同時に悲しい気持ちにもさせられていた。


「裏切るかよ。僕を信用しろ」

「……うん」


 アーヤは再び目に涙を貯め始める。

 ちょんと頬をつつけばこぼれそうなくらいに瞳が潤んでいた。


 か、かわいいっ……


 元々美人だとは思っていたが、甘えてくるアーヤは反則的な可愛らしさがあった。

 余裕を持った大人ぶるのも限界だ。

 これは可愛すぎるだろっ……


 見詰めても目を逸らさない。

 数秒間、僕たちは黙って見つめ合う。


 キス、してもいいのか、これ?


 そんな誘惑に駆られ、慌てて思い止まる。


 裏切らないと約束したばかりだ。

 傷ついた心につけこんでキスをするなんてもっての他の裏切り行為だろう。


「さ、教室に戻ろう。あのバカ女どもに土下座させてやろうか?」

「いいよ、そんなの。興味ないし。あの子らとは少し仲いいと思っていたけど、腹のなかではどう思ってるか分かった。それが分かっただけでも儲けもんでしょ」

「強いな、アーヤは」

「とーぜん!」


 アーヤは赤い目のまま、ニヒーッと歯を見せて笑っていた。




「タクマー、ちょっと」

「は、はい」


 放課後はもう一つの片付けをしておかなければならない。

 僕に呼び止められたタクマは観念したようについてきた。

 学校で話すのもなんだから、近くの喫茶店に入る。

 高校生は駅前のファストフードに行くからうちの制服姿の人はいなかった。


「もうするなよ」


 席に着くなり、タクマに釘を刺す。

 彼も惚けるつもりはないらしく「二度としません」と頭を下げて反省した。


 タクマの仕業だとみんなの前で言わなかったのは、なにも証拠不十分という理由だけではない。

 証拠もなくアーヤを犯人にしたあいつらに自分の不注意でなくしたと恥をかかせてやりたくなったこともある。


 でもそれ以上にタクマに愛着を感じていたからだ。

 僕は高校時代、彼のように友達がいなかった。

 もちろん人のものを盗んだりはしていないけど、陰キャだのボッチだの後ろ指を指される彼を他人ごとと切り捨てられなかったからだ。


「それにしてもなんでスマホなんて盗んだんだよ?」

「はい。実は彼女、自撮りしたエロ画像を販売しているらしく、それを盗み見てやろうと思いまして」

「へ?」


 予想だにしなかった答えが返ってきて驚く。


「そんなことしてたのか、あいつ」

「彼女だけではありません。ほら」


 そう言ってタクマはポケットサイズの手帳を見せてくる。

 そこには『エロ画像売人』として複数の名前が記されていた。

 いずれも知らない名前で、負けヒロインの名前はなかった。


「なんでこんなこと知ってるんだよ? てかその手帳なに?」

「僕は学校内の色んな人の情報を集めてるんだ。誰と誰が付き合ってるとか、仲良さそうに見えて悪い関係とか、とにかく色んな情報を集めている」

「マジかよ!?」


 嬉しさのあまり、タクマの手を握ってしまった。


「え? な、なに?」

「心晴さんとアーヤと陰山もあるか? あと生徒会長の雪村先輩」

「あ、あるけど……」

「やった! 協力しよう! その情報、僕にもくれ!」

「そ、それはいいけど……」


 こいつの情報さえあれば負けヒロインの動向が掴める。

 僕にとって情報とは文字通り命綱なのだ。

 思いがけない仲間の登場に天を仰ぎたくなった。



 ────────────────────


 孤立無援だった鈴木に心強い仲間の登場!

 タクマはちょっとキモいけど仲間思いで優しい奴です!


 ここで本編には出てこない裏情報!

 鈴木くんは高校時代ほぼ友達がいませんでした。

 同じ学年に鈴木は三人いて、みんな大人しい性格だったので他の鈴木と混同されることもしばしばだったそう。

 そんな彼だからボッチのタクマを強く責められなかったんですね!

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