第12話 チートの敗北

 夕飯を食べ終え、家でのんびりしているとスマホがメッセージ着信を知らせた。


「ん? 女川先生?」


 先生からスマホに連絡が来ることは珍しい。


『家出てこられる?今からお話しない?』


 こんな夜に呼び出すとは恐らく学校のことではなく、『負けヒロイン』関連の話だろう。

 コンビニに行ってくると親に伝えて家を出た。


「夜に呼び出してごめんね、鈴木くん」


 先生は待ち合わせ場所の公園のベンチに座っていた。


「なにかトラブル発生ですか?」

「いいえ。今回はとても上手に立ち回ってるのね。なんの問題も起きてないわ」

「それはよかった」


 隣に座ると先生はドクターペッパーを手渡してきた。


「ありがとうございます」


 女川先生はなぜかドクターペッパーが大好きだ。

 独特なセンスだと思うけど好みは人それぞれである。


「しっかし暑いわねー。嫌になっちゃう」


 夏も間近で女川先生は身体のラインが目立つ薄着をしていた。

 校外で生徒と会うには適していない服装だ。


「それで、なんの用ですか?」

「ずいぶんと冷たい言い方ね。他の女の子達には優しいのに」

「あれはビジネス的な優しさですから」

「へぇー? そうなんだ?」


 意味ありげにニヤつく先生を無視する。


「それにしても鈴木くんも考えたものね」

「なんのことですか?」

「惚けちゃって」

「もしかして『負けヒロイン』同士を仲良くさせたり、夢を持たせて闇落ちさせない作戦のことですか? 話してないのに分かるなんてさすがは先生ですね」


 そう答えると女川先生は目をぱちくりさせて首をかしげる。


「夢を与える?」

「違うんですか?」

「そうじゃなくて。『負けヒロイン』ちゃんたちを惚れさせる作戦よ」

「へ?」

「五城賢斗に恋しなければフラれることもない。フラれなければ心を病んで『負けヒロイン』になることもない。なかなか考えたわね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そんな作戦考えた覚えはない。


「まあ、それくらい誰でも思い付く。でも実行して本当に『負けヒロイン』ちゃんたちの心を惹くんだから大したものよ」

「してません! そんな作戦してませんし、そもそも彼女たちに好意を寄せられてもいませんから!」


 ペラペラしゃべる女教師の言葉を遮って否定した。


「またまたぁ。よく言うわね、このイケメン」

「いや本当ですって。先生こそからかわないでください」


 全力で否定すると、女川先生の表情から笑みが消えていった。


「え? まさか鈴木くんも鈍感クソ野郎だったの?」

「そんなわけないじゃないですか。鈍感難聴糞野郎は賢斗ですって」

「えーっと……」


 先生は頭痛を堪えるように額に指を当てて眉を歪める。


「惚れられてるわよ、あなた」

「う、嘘……そんな覚えは……」


 言われてみれば確かに心晴さんはやけに僕にお菓子を作ってくるし、アーヤも盗難事件以降やけに絡んでくるような気はする。


 彼女たちは賢斗に惚れていると疑いもせずに決めつけていたから変化に気付かなかった。


「そっか……確かに! その手があったんですね!」


 同時多発的に勃発する『負けヒロイン』の暴発を止めることは無理ゲーだと思っていた。

 しかし賢斗じゃなく自分に惚れさせれば『負けヒロイン』にはならない。

 全員僕に惚れさせるのは無理だとしても、一人でも減らせれば『負けヒロイン』の暴発を防ぎやすくなる。


「なにニヤニヤしてるの」

「すいません。でもこんなチートみたいな攻略を知ったんですよ? にやけたくもなりますって!」


 攻略できそうな喜びはもちろんだが、心晴さんやアーヤみたいな美少女に好意を抱いてもらっているというのも素直に嬉しかった。


「喜んでいるところ悪いけど、なんか勘違いしてない?」

「へ? なにがですか?」

「彼女たちは相手が賢斗くんだろうが、鈴木くんだろうが、傷ついたら闇落ちして『負けヒロイン』になるのよ?」


 そのひと言に目の前が真っ暗になった。


「そ、そんなっ」

「しかも鈴木くんはよりによって陰山さんにまで好意を寄せられているじゃない」

「そ、そうなんですか!? なんにもしてないですけど!?」

「普通に接したり、頭をポンポンとかしたでしょ。エンジョイ勢帰宅部だっけ? あの活動の時もみんなと馴染みづらい蔭山さんに気を遣ってるし。あれで結構意識し始めたみたいよ」

「そんなっ……」


 そんな素振りは感じたことがなかった。

 いつも通り中二病的な発言を繰り返し、適当にのってあげているだけだ。


「放っておけば陰山さんは賢斗くんにそう簡単には惚れないのに、わざわざ自ら掻き乱しにいくなんて度胸あるなって思ってたのに。まさかナチュラルだったとは」


 陰山さんは取り扱いが取り分けて難しいヤンデレちゃんだ。

 無意識とはいえ眠れる獅子を目覚めさせてしまっていた自分を呪う。


「ま、でも賢斗任せより自分でコントロール出来るならそっちの方がまだましですから」


 要は誰も傷つけず、上手に立ち回ればいいだけの話だ。

 賢斗に惚れられている状況よりはましだろう。

 しかし女川先生は「はぁ」とため息を漏らす。


「やっぱりなんにも分かっていないのね、鈴木くん」

「またなんか間違ってますか?」

「言っておくけど賢斗くんは無自覚とはいえ天才的に上手に彼女たちのヘイトを貯めず、バランスよく立ち回っていたのよ」

「賢斗が!? まさか。毎回誰かを闇落ちさせていたのに」

「結果的にはそうだけど、でも彼は上手かった。みんなと付かず離れずの距離を保ち、答えをはぐらかし、あからさまな好意も鈍感スルーをかまして、決定的な言葉も難聴でやり過ごしてた」

「言われてみれば確かに」


 賢斗は『負けヒロイン』たちの押しをゆるゆると受け流していた。

 はっきりコクられてもタイミングよく電車が通過する音に掻き消されるなどの強運も持ち合わせていた。


「気を付けなさいね、鈴木くん。上手く立ち回らないと」


 女川先生は僕の首に指を当て、ナイフで切るようにスッと指を滑らした。


「すぐに殺されちゃうわよ」


 喜んだのも束の間、全身から嫌な汗が噴き出していた。



 ────────────────────



 ようやく自分がしてきたことの意味を知った鈴木くん

 しかし既にとき遅し!

 負けヒロインたちはみんな鈴木くんに夢中です

 鈴木くんの真の受難はこれから始まります!

 言うなればごちそうが並ぶ中での絶食チャレンジです

 果たして彼は堪えきれるのでしょうか?

 それとも……!?








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