第47話 グランドフィナーレ!

 学校は騒動も落ち着き始めており、ざわつきながらも平穏だった。


「あ、鈴木くんいた! おーいみんな! 鈴木くんいたよー!」


 タクマが大声でみんなを呼ぶ。

 四月の段階ではキモいだの怪しいだの陰口を叩かれ友だちが一人もいなかったタクマ。

 それが今ではこんなにイキイキしてみんなと過ごしている。


「ありがとうな、タクマ」

「僕はカメラを見せただけだよ。しかも雪村先輩にみんな回収されちゃったし」

「そりゃそうだろ。って今日のことだけじゃない。この一年、タクマにずいぶん助けられた。お前がいなきゃ、俺はとっくに死んでたよ」

「死ぬ!? なに言ってんの!? 僕こそ鈴木くんのお陰ですごく楽しかったよ。大袈裟じゃなく、人生変わった。感謝してるよ。三年になってからもよろしくね」


 なんて返事をしていいか分からず、曖昧に笑って頷く。


「鈴木くん! 探した。どこに行ってたの」


 珍しく陰山が息を切らして走ってきた。


「陰山もありがとう。お前の成長を見て、ずいぶん勇気をもらったよ。お父さんと、それからお母さんと仲良くな」

「なに突然。遺言?」

「まぁそんなところだ」

「それなら仕方ない。聞いてあげる」


 冗談だと思ったのか、陰山は笑って頷く。

 継母との折り合いはまだ時間がかかりそうだけど、以前よりはよくなっている。


 アーヤ、心晴さん、雪村先輩、そして優理花まで駆けつけた。

 ちなみに言い忘れていたが、賢斗は一年間優理花に片思いをし、終業式前日に告白した末にフラれた。

 ちょっとザマァって思ってしまったのは内緒である。

 でもあいつはいい奴だ。

 なぜならフラれても闇堕ちしなかったからだ。


「ちょっとみんな、大変。鈴木くんの様子がおかしいんだ」


 タクマはまとめ役のようにみんなに説明する。

 僕なき世界はきっと彼が主人公になってくれるだろう。


「悪いな、みんな。もう時間がない。雪村先輩、性癖をこじらせるのもほどほどに。大学に行っても頑張ってください」

「どうしちゃったの? どこか遠くに行くの?」

「似たようなものです」


 みんな心配そうに僕を見ている。

 訳分からないなりに深刻なのは伝わっているのだろう。


「アーヤ、見てみろ、お前の回りを。ちょっと変わってるけどいい奴ばっかだろ? 人を信じろ。裏切られることなんて恐れるな」

「うっさい。もう信じてるし」

「だよな。知ってた」


 握手をしようと手を伸ばす。

 するとその指先が透明になり消えかけていた。


「鈴木くんっ!」

「鈴木!」

「なに!? いったいなにが起きてるの!?」

「心晴さん。落ち着いて。僕はもうすぐいなくなる。そのあとは心晴さんがエンジョイ勢帰宅部を支えていって。心晴さんなら出来る。信じてるよ」

「そんなの無理! 鈴木くんがいなきゃ出来ないよ!」


 僕の身体が光に包まれる。

 みんなの顔がよく見えなくなっていった。


「鈴木くん、行かないで!」

「鈴木勇太! 私も連れていけ! 異世界なら得意だから!」

「ざけんな! 逃げるなよ、鈴木!」

「放置プレイ? 放置プレイなの!?」


 一年間のことが走馬灯のように甦る。

 いや、ここに来た七回全てのことが甦っていた。


 みんなが成長したように、僕も成長できたのだろうか?


「ありがとうな、みんな! 本当にありがとう!」


 いよいよ視界が眩しくなり、自分と世界の境界線が曖昧になる。

 全てが白く塗り潰され、僕の意識が遠退いていく──




「んあっ!?」


 ガバッと起き上がると自分の部屋にいた。

 ゲームの世界ではない、二十八歳サラリーマンである僕の部屋だ。


「帰って、来たんだ……」


 割れるように頭が痛い。

 ヒタヒタのお湯が入ったコップを持つようにそーっと身体を起こして冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。


 一気に半分以上飲み干してからスマホを確認した。


「えっ!?」


 7月1日。

 ゲームの世界に飛ばされてから丸一日が経過していた。


 つまり一日無断欠勤したこととなる。

 案の定電話やメッセージが鬼のように入っていた。

 しかもどれも僕の身を案ずるものではなく、さっさと来いという罵詈雑言だ。


 普通こういう転移って時間が経過していないとか、経っていても一、二時間じゃないのかよ!?

 なんで中途半端に一日経過しちゃってるんだよ!


 どうしようと不安になり、数秒でいくつかの言い訳を考えていた。


 しかし次の瞬間、フッとどうでもよくなっていた。


 過ぎたものは仕方ない。

 無断欠勤したくらいなんだ。

 入社以来六年間、有給も使わず、サービス残業まみれで働いてきたんだ。

 たった一日休んだからといって大したことではない。

 それに耐え難いほど罵られたら、そのときはこっちからあんな会社辞めてやる。


 六度も殺され、同じ時間を彷徨わされた僕は、それくらいの度胸は身に付いていた。



 翌日。

 会社に行くとしこたま怒られた。

 あまりの課長のキレっぷりに同僚たちは心配そうに僕を見ていた。

 でも僕はこのまま課長の血管が切れてぶっ倒れないかな? なんて考えるくらい余裕だった。

 転移前の僕なら一週間は引きずっていただろう。


「お前は会社をなめてるのか! やる気がないなら辞めろ! お前なんかいなくても困らないんだ!」

「じゃあ辞めましょうか?」


 さらっと告げると明らかにかちょは動揺した。

 うちの会社は万年人手不足で喘いでいる。

 人員が減るのはなによりの痛手だということを知っている。


「そうやって開き直るのか?」

「私が辞めても問題ないんですよね?」


 感情をコントロールするまでもなく、穏やかにそう言えた。

 課長の説教は終わったけど、きっとなにか嫌がらせをしてやろうと企んでいるのだろう。


 でもそんなこと、本気でどうでもよかった。

 記録を残してパワハラとして訴えてもいいし、会社を辞めたっていい。

 いずれにせよ、死ぬことと比べればどうってことないことだ。


 なにせ僕は死を体験している。

 それも一度や二度じゃない。

 六回だ。

 人間、六回も殺されれば怖いものなどない。


 仕事帰り、ふらりと雑居ビル内にある本屋に立ち寄ったのは転職ガイドの本を買うためだった。

 別に本気で今すぐ転職を考えているわけではない。

 でもそういうものを読んでおけば転職という選択肢を現実として捉えられ、無駄な不安に駈られることも減ると考えたからだ。

 まあ神社でお守りを買うのと少し似ているのかも知らない。


 ふとレジ近くの特選コーナーに『100万回死んだ猫』が積まれてあるのを見かけた。

 六回死んで悟った気になっていたが、上には上がいるものだ。

 百万回先輩に会釈をして店を出る。


 雑居ビルの同じフロアにはゲームソフトを売っている店もあった。

 その店の店頭に見慣れた女の子のポスターがでかでかと貼られてあり、心臓が止まりかけた。


「ゆ、優理花……」


 僕が何度も殺された高校の校舎をバックに優理花がビシッと指をつき出すポーズで立っていた。


「お前のせいで大変な目に遭わされたんだからな」


 苦笑いを浮かべながら店内に入る。


『眩い季節の中で~エターナル・メモリー~』


 それが僕の転移した世界のタイトルらしい。

 パッケージには優理花だけでなく、アーヤ、心晴さん、雪村先輩、陰山も映っている。


 そして『眩い季節の中で』の隣にはガールズ版の『輝ける時を抱き締めて~エンドレス・ラブ~』という作品が積まれている。

 どうやらこちらが田中さんがバグを修正していた方のゲームのようだ。


 パッケージを取ろうと手を伸ばすと、同じように手に取ろうとしていた女性と手がぶつかる。


「すいません」

「いえ、こちらこそ」


 その人の顔を見て、ドクンっと心臓が跳ねた。

 向こうも同じようで、僕の顔を見て唖然としていた。


 見た目は全然違うけど、僕には分かる。

 その人は間違いなく──


「田中さん!?」

「鈴木くん!」


 二人の声が重なる。

 言葉を失って見つめ合う僕らを店員さんや周りのお客さんは不思議そうに眺めていた。



「まったくひどい目に遭いましたよね」


 田中さんはビールをくぴっと飲みながら笑う。

 居酒屋は仕事帰りの人で賑わっている。


「まったくだよ。もう二度とあんな世界には行きたくない」

「そういう割にしっかり購入したんですね、エターナル・メモリー」

「田中さんもエンドレス・ラブ買ってたくせに」


 何だかんだ文句を言いながらも僕らはゲームを購入していた。


 田中さんはこの近くの不動産会社に勤めている二十六歳だった。

 もしかしたら転移前にも街のどこかであっていたのかもしれない。


「実はゲーム内に推しが出来ちゃったんです。伊集院くんって言うんですけど、すごくかっこいいんです」

「まああれだけ何回もやらされていたら推しも出来るよね」

「鈴木さんは誰から攻略されるんですか?」

「そうだなぁ。悩むよねー」


 もはや誰を溺愛しようが刺し殺される心配はないのに、明言するのを躊躇ってしまう。

 慣れとは恐ろしいものである。


「そうだ。よかったらこれから一緒にやらない?」

「え?」

「僕の部屋で一緒にプレイしようよ。文句を言いながらさ」


 田中さんは顔を赤くして「いいですね、それ」と笑う。

 よく考えてみれば実質初対面の人をいきなり家に誘うとかあり得ない話だ。

 今さら僕も恥ずかしくなってきた。


「これでバグとかあったら絶対許せませんよね」

「そのときはゲーム会社まで乗り込んで女川先生を怒鳴り付けてやろう!」

「はい!」


 照れくささを怒りで誤魔化しながら、僕たちは笑いあっていた。



〈終わり〉


 ────────────────────



 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!

 本作は以上となります!


 この作品を通じて私はたくさんのことを学びました。

 一番学んだことはこんな終わり方は誰も望んでいなかった。ということです。

 大変申し訳ございませんでした。


 最初からこのラストを想定して書いてきました。

 もう少しもうひとつの物語との交差を作るとかすればよかったと反省してます。

 が、しかし、そもそもこの終わり方がよくないということだと思います。


 今回の反省を胸に、これからも頑張っていこうと思います!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『負けヒロイン』のメンタルケアをするだけの簡単なお仕事です 鹿ノ倉いるか @kanokura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ