第43話 仲間になれ!(ならなくていい)

 アーヤの家を出たのは五時過ぎだった。

 夏の夕べと呼ぶにはまだ明るすぎる時間。

 籠った熱気がむわっと僕の肌に絡み付いてくる。

 一瞬で汗が噴き出してくるのを我慢して駅へと向かう。


「す、すずきくんっ……」

「へ?」


 呼び止められて振り返ると、そこには──


「ゆ、雪村先輩!?」


 生徒会長の雪村先輩が立っていた。

 いつものような制服ではなく、白に水色のストライプのワンピースで麦わら帽子を被ったスタイルなのが新鮮だ。


 すぐに僕はピンと来た。

 復讐しに来たのだ、と。

 僕がアーヤの家に入ったところを見て、出てきたところを捕まえようという作戦だったのだろう。


「あなたはまだそんなことしてるんですか?」

「なんのことかしら……私は、ただ、ここをとおりがかっただけで」


 なんか様子がおかしい。

 そもそも僕がアーヤの家に入ったのはお昼過ぎだ。

 もう五時間も前になる。

 その間待っていたというのだろうか?


 そう思った瞬間、雪村さんはバタッとその場に倒れた。



 ──

 ────



「脱水症状ですね。取り敢えず点滴しておきますので」

「すいません。ありがとうございます」


 別室に連れて行かれ、ベッドに寝かされた雪村先輩は点滴をされた。


「マジ、バカなんですか? あの炎天下のなか、何時間も立っていたんですよね?」

「なんのことかしら? 私は通りがかっただけで」

「いい加減にしろ。無茶しすぎだ」


 小賢しく言い訳をするので、つい強い口調で叱ってしまう。


「ごめんなさい……でもちゃんと日陰にいたし、水分も摂ってたから」

「だからお医者さんも言ってましたけど汗かいたら水だけ飲むのはむしろ危険なんです。これからはストーカーするときは室温のスポーツドリンクでも持参してください」

「ごめんなさい。箱買いしておきます」

「いや、ストーカーやめろよ」


 この人の執念には本当に驚かされる。


「ていうか別にアーヤの家で疚しいことなんてしてませんから。いくら張り込んでも無駄ですよ」

「何にもしてないのね。よかった」

「は?」


 点滴が落ちきるまで付き合い、心配なので家まで送っていく。


「とにかく僕に仕返しなんてしようと思わないでください。言っておきますが、こちらにはストーカー証拠写真があるんです。忘れないでくださいね」

「復讐? なんのこと?」

「まだ惚けるんですか?」


 どうも今日は様子がおかしい。

 いつもの刺々しさや高圧的な態度がなかった。

 なんかモジモジしていて、照れているように見える。


「私、あんなに面と向かって叱られるの、はじめてだった」

「あの屋上のことですか?」


 僕の問い掛けに先輩はこくっと頷く。


「強く、激しく怒鳴られ、証拠まで突きつけられ、土下座までさせられて」

「土下座なんてさせてないから! あれは勝手に先輩が床に這いつくばっただけで」

「悔しくて、恥ずかしくて、死にたくなった。でも、ホッとしたの」

「え? どういうこと?」

「みんなが私に従うから私は図に乗っていた。敵が現れたら徹底的に潰しにいった。五城賢斗くんはそんな私にひれ伏しもしなければ、なびきもしなかった」


 なぜ賢斗の話なのかは分からないが、取り敢えず聞いていた。


「たぶん私は止めて欲しかったんだと思う。自分でも制御できないほどの、この征服欲を。五城くんなら出来ると思った」


 ……なんか話がよくない方向へと向かっている気がするのは気のせいだろうか?


「でも五城くんは自由なだけで、そもそも私を止めようなんて気はなかった。あの仙川さんもそう。でも鈴木くん、あなたは違った」


 雪村先輩は立ち止まって僕の顔をまっすぐに見る。


「私を叩き潰してくれた。怒鳴り付け、行き過ぎた行為を非難してくれた。あなたの脚にしがみついてるとき……その、えっと……興奮、したの」

「気持ち悪っ! ただの変態じゃないですか!」


 思わず罵ると雪村先輩は嬉しそうに目を細めた。


「はい。私は変態です……」

「いやいやいや! まずいって! 目を覚ましてください!」

「では目覚めの平手打ちを」

「へ、変態! 変態過ぎます!」

「ありがとうございます」


 罵れば罵るほど喜ばれてしまう。

 まさかあの高慢な氷の姫君がドMだったなんて、七周目ではじめて知る事実だった。


「よろしければ私をあなたの恋人に、いえ愛奴にしていただけないでしょうか?」

「無理。駄目です」


 きっぱりと断ると、雪村先輩の瞳が闇で濁りはじめる。

 えっ、ちょっ!?

 まずい、まずいまずい!

 闇落ちしてしまう。


「気持ちは嬉しいんですけど」

「嬉しいんですね!」

「落ち着いてください。実は僕は既に三人から言い寄られてます。さっきのアーヤもその一人です。だからもう無理なんです。諦めてください。本当にすいません」

「じゃあ私は四人目なんですね」


 雪村さんはうっとりとした目に変わり、夢見心地の笑みを浮かべた。

 どんなタイミングでときめいているのだろう。

 NTRの素養も兼ね備えているのか……


 どうやら僕はとんでもないモンスターをまた一人、目覚めさせてしまったようだ。



 ────────────────────



 雪村先輩の意外すぎる性癖を引き出してしまった鈴木くん!

 そして物語はここから怒涛の急加速で展開されていきます!


 鈴木くんは無事に一年過ごせるのか?

 そしていったい誰と結ばれるのでしょうか?


 ハーレムエンドじゃありません。

 ヒロインはもちろん既に登場している女の子です!

 予測不能の展開が待ち受けてます!

 よろしければ誰が真のヒロインになるのか予想してくださいね!

 さあ、鈴木くんの運命やいかに!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る