第19話 鉢合わせる恐怖

「なに焦ってんの。タンクトップ着てるし」


 アーヤは余裕かまして笑っているが、上気した顔は何らかしらの覚悟を感じる。


「……ほら、続き撮ってよ」


 アーヤはしゃがんで上目遣いで見詰めてくる。


 ピンポーン……


 救いのようなインターフォンが鳴る。


「あ、誰か来たみたい!」


 僕は慌てて玄関に向かう。

 それが更なる悲劇の始まりとも知らずに……



「はいはーい!」


 空元気でドアを開け、次の瞬間心臓が凍った。


「こんにちは、鈴木くん」

「か、陰山っ……」


 麦わら帽子を被り、長袖を着た完全日焼け対策をした中二病少女が立っていた。


「合宿の前にもう一度プールで水練したい。付き合って欲しい」

「きょ、今日!? いきなりだね。ははは……」


 冷や汗を流しながら取り敢えず玄関の外へ出る。

 家の中にアーヤがいることを知られたらかなり厄介だ。


「ごめん。いきなり家に押し掛けられたら迷惑だよね」


 僕はよっぽど気まずい表情をしてしまっていたのだろう。

 陰山は自らの行動を恥じるように縮こまってうつ向く。

 ヤバい!

 これはこれでちょっと傷つけてしまったようだ。


「い、いや、迷惑じゃないよ! 驚いただけで!」

「そ、そう? それならよかった……」


 瞳の濁りが少し晴れていく。

 ホッとしたのもつかの間──


「おい、鈴木! 誰と話してんだよ!」


 勢いよくドアが開き、アーヤが出てきてしまった。

 タンクトップにショーパン姿のアーヤを見て、陰山は目をまんまるにしていた。


「猪原絢香っ……なんで鈴木くんの家にっ……」

「フルネームで呼ぶな。てか陰山こそなんで鈴木のうちに来てんの?」


 二人は説明を求める目で僕を見てくるが、説明して欲しいのはこっちの方だ。

 お前ら、なんでうちに来た?


 ここは鈍感主人公のように切り抜けるしかないっ……


「あー、なんかアーヤが宿題を教えてくれって押し掛けてきて。陰山は泳ぎ方を教えてくれっていきなりやって来たんだ。もー、お前らいい加減にしろよ。僕は普通の、だらけてボーッとした夏休みが送りたいだけなんだー!」


 いかにも鈍感主人公が言いそうな台詞を吐いてみたが、女子二人はシラーッとした目で僕を見詰めていた。


「で?」

「あ、いや、説明終わりなんだけど……」

「なんで陰山が鈴木に水泳教わるんだよ?」

「猪原絢香こそ宿題をするにしては薄着過ぎる」


 相手に合わせるとか空気を読むなんて言葉が無縁の二人は静かに睨み合う。


「よ、よし! じゃあ三人で宿題でもするか!」

「私、宿題なんて持ってきてない」

「そ、そうだよな。じゃあ三人でプール行くか!」

「は? うち、水着ないんだけど?」

「デスヨネー」


 なんとかこの二人を仲良くする方法はないのだろうか?

 おろおろしながらもなんとか陰山をうちにあげ、三人でゲームをすることとなった。

 こういうときゲームは便利だ。

 適当に仲良くなれるし、会話をゲーム中心に出来る。

 プレイしたのは様々なミニゲームをこなしていくパーティーゲームだ。


「ちょ、分かんないって! あー、またやられた!」


 ゲームに慣れてないアーヤは負けてばかりで苛立ってくる。

 一方ゲーム慣れしている陰山は一切の手加減なしでアーヤの邪魔ばかりしていた。


「ちょ、陰山! 卑怯だぞ!」

「全員が敵。卑怯もなにもない」

「そう言いながらうち邪魔ばっかするじゃん!」


 ……少しでも仲良くなればと思ってゲームをしたけど、逆効果だったようだ。


「あー、もういや! やめるー!」

「拗ねるなよ、アーヤ」

「だってやり方分かんないんだもん!」

「これはタイミングを合わせて、こう!」


 アーヤの手を取って教える。


「リズムに乗るのは出来るだろ? こう、こう、こう」

「あ、ほんとだ。なるほどー」


 ほとんど僕がやっているのだけど、アーヤは嬉しそうだ。


「猪原絢香、ずるい」

「やり方が分からないから仕方ないだろ。陰山も少しは手加減してやれってば」

「そういう意味じゃなくて」


 陰山はジトーッと僕たちを睨む。

 それを煽るようにアーヤは舌をベーッと出していた。

 まるで子供の喧嘩だ。


「私もやり方分からないから教えて」

「陰山は出来るだろ。ていうか僕より上手いし」

「そーそー。出来るんだから自分でやってねー。『全員が敵』なんでしょ」


 結局その日は一日ゲームをして過ごした。

 夕方にようやく帰ってくれたときはヘトヘトになっていた。


「あー……疲れた……」


 精神的疲労でベッドにうつ伏せで倒れる。

 とはいえさすがに一日中ゲームをしたことで二人は多少打ち解けた様子だった。

 まぁ基本的には小競り合いばっかりだったけど。


(ほんとに困った奴らだ)


 なぜこんなに彼女たちからモテてしまったのだろう?

 正直陰山もアーヤも心晴さんも、みんなかなり美少女だ。


 陰山は中二病で独特だけど意外と努力家だし、ちょっと幼い顔立ちも愛らしい。

 アーヤはギャルメイクやら華やかな髪型で僕みたいな元陰キャには近寄りがたいけど、素顔はメインヒロインである優理花よりも整っているまである。

 寂しがり屋で強がりなところも放っておけない。


 なんのしがらみもなければ喜んで誰かと付き合ってしまうだろう。

 しかしそれをしてしまえば選ばれなかった女の子が『負けヒロイン』になってしまう。

 だが逆に言えば誰とも付き合わなければ誰も闇落ちすることもない。


「簡単なことだ」


 声に出して自分にそう言い聞かせる。

 でもあんな魅力的な女子に思いを寄せられながら誰も選べないというのはかなりの拷問だ。

 空腹で目の前にごちそうが並んでるのに食べちゃいけないようなものだ。


「あー、もうっ!」


 ごろんと寝返りを打ち、天井を見上げる。

 鈍感難聴野郎を演じるというのがこんなに辛いとは、夢にも思っていなかった。


 先輩鈍感難聴クソ野郎から学ぶためにラブコメのライトノベルを本棚から抜き出してボーッと読んでいた。



 ────────────────────



 ヒロインの鉢合わせはラブコメの鉄板ですよね!

 気楽に読んでしまいますが、実際体験したらキツいんでしょうね。


 ちなみにミニ裏情報!

 みんなでプレイしていたのはマ○オパーティーでした!


 さて次回はいよいよ夏合宿開始!

 鈴木くんの運命は大きく転がりはじめます!

 お楽しみに!



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