第17話 スイーツレッスン

 週末、僕は心晴さんの家に来ていた。

 本当はあまり距離を縮めたくないのだけど、お菓子作りを手伝って欲しいと言われたら断りづらかった。


「鈴木くん、ハンドミキサーお願いしていい」

「了解」


 エプロン姿に頭巾をした心晴さんは普段ののほほんとした雰囲気とは違い、ちょっと顔も引き締まっている。

 てきぱきと動く姿は素敵だった。

 高校時代にこんな同級生がいたら、きっと好きになっていただろう。



「あ、ダメ。ちゃんと押さえてやらないと」

「やり方分からないんだけど」

「こうだよ」


 心晴さんは僕の手を取り、教えてくれた。

 ビニール手袋越しでも手の柔らかさが伝わってくる。


 僕は手伝うというよりは足手まといなだけだ。

 それでもなにかする度に「ありがとう」とか「助かる」などと笑顔で感謝される。

 柔和な性格と素朴な可愛さ、清潔感もあり、少し照れ屋で、それでいて押し付けがましくない程度の好意の寄せ方。

 非の打ち所がない女の子だ。


 よくこんな状況でありながら賢斗は心晴さんに惚れなかったな。

 感心してしまうほどだ。



「出来たー!」

「すごい。プロが作ったみたい。さすが心晴さん」

「なに言ってるの。鈴木くんも一緒に作ったでしょ」

「僕は邪魔しただけだよ」

「そんなことないよ。ありがとう」


 ニッコリと微笑む心晴さん。

 頬に少し粉がついているのがまた可愛い。


「頬っぺた、汚れてるよ?」

「え、嘘?」


 近くにあった布巾で拭いてあげる。

 白いのがとれたけど、今度は赤く染まっていた。

 変な空気が流れてしまう。


 余計なことしちゃったかもと反省する。


「さ、さぁ食べよっか」

「そうだね。コーヒー淹れるね。それとも紅茶の方が好き?」

「コーヒーがいいかな」


 両親は出掛けているらしく、家には僕と心晴さん二人きりだ。

 今さらその事実に少し緊張してしまう。


 心晴さんといるときは心晴さんにドキドキして、陰山とプールに行ったときは可愛いなと意識してしまい、泣いたアーヤに抱きつかれた時は思わずクラっとしてしまう。


 女子に免疫のない僕が誰にも惚れずに気持ちをフラフラさせないなんて至難の技だ。

 このままでは誰か一人を選んでしまい、他の二人を闇落ちさせてしまうかもしれない。


(やはりこの状況を打開するには、あの作戦しかないだろう)


 コーヒーを持ってきた心晴さんと共にケーキを頂く。

 甘さも柔らかさも口どけも完璧だと思ったけれど、心晴さんは納得いってない様子だった。


「十分美味しいよ」

「ありがとう。でもダメ。これじゃまだまだ全然だよぉ」


 弱ったように眉尻を下げる。

 狙ってる訳じゃないだろうけど、そんな顔も僕をキュンキュン刺激させる。


「ね、ねぇ、このケーキ、賢斗にも持っていってあげようよ」

「賢斗に?」

「あいつも甘いもの好きじゃなかった? 近所なんでしょ、持っていこうよ」


 僕の考えた作戦とは、なんのことはない、心晴さんにもう一度賢斗を好きになってもらうことだ。

 僕一人で三人もの女の子を相手にすることはできない。

 出来れば一人、可能なら二人の気持ちを賢斗に戻したかった。


「うーん。でもなぁ」


 乗り気じゃないらしく首を捻る。

 今までの彼女なら喜んで持っていったはずだ。


「幼馴染みの賢斗なら僕なんかより的確なアドバイスくれるんじゃない?」

「そんなことないよ。あいつに食べさせてもスマホ弄りながらとかすごく素っ気ないんだから。『美味しい?』って訊いても目も見ないで『あぁ』とか生返事だし」

「マジか……」


 天然の鈍感男とはこんな可愛い子の手作りスイーツですら真面目に食べないのか。恐るべし。

 僕には絶対に出来ない芸当だ。


「あ、あいつらしいな。幼馴染みの心晴さんだからそんな甘えた態度なんじゃないかな? 二人は子供の頃からずっと一緒なんでしょ」

「お、幼馴染みってだけで別にそんなに深い仲じゃないんだよ。別に普段そんなに喋らないし、最近は朝一緒に登校してないし!」


 なんだか急に取り繕うような言い訳をしてくる。

 まるで自分はたいして賢斗と仲良くないと僕に訴えるように。


「まあ一度賢斗の家に行ってみようよ」

「今日はいないと思うよ」

「そうなの?」

「なんか優理花ちゃんと買い物行くんだって。ほら、夏の合宿に必要なもの揃えるとかで」


 なんでもないことのようにそう告げてきた。


「こ、心晴さんは一緒に行かなかったの?」

「なんで私が? そもそもあの二人、なんかいい感じでしょ。邪魔しちゃ悪いよ」


 背筋に冷や汗が流れる。

 もう全く賢斗には興味がなさそうだ。

 十年以上片想いしていたはずなのに、その強い想いはもはや微塵も残っていないようだった。


「そ、それに私は……鈴木くんと約束、あったし」


 伏し目がちでチラッとこちらを見る。

 賢斗ならこんなとき、どんな鈍感ムーブをかますのだろうか?

 そんなことを考えながら僕はぎこちない笑みを浮かべて心晴さんから視線を逸らした。



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 もはや引き返せないところまで来てしまっていることに気付かされる鈴木くん

 一度傾いた心は簡単にもとに戻ることはないようです

 もはや誰か鈴木くんのメンタルケアしてやれよって感じですね!





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