第37話 鈴木くんのお悩み相談室
アーヤとのデートの翌日。
賢斗の家に訪ねると当たり前のように奈津がドアを開けて出てきた。
「よぉ、鈴木」
「なんで当たり前のように奈津が出てくるんだよ」
「いまあたししか家にいないからなー」
「へ? 賢斗は?」
「出掛けた。まぁ上がってよ」
奈津はあくびしながら家の中へと戻っていってしまう。
よく分からない展開だけど、仕方ないのでお邪魔する。
「賢斗はどこ行ったんだよ。今日遊びに行くって連絡しておいたんだけどなぁ」
「急に用事が入ったとか行って出掛けたよ。なんか夏の音を撮りに行くとかいって」
「夏の音?」
「セミの鳴き声とか八百屋の店先から流れてくる高校野球の中継とか、そんなのを撮るんだって。わけわかんないよね」
奈津は呆れたように笑いながら冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
そんな訳の分からないことを言ってくる奴なんて一人しかいない。
「あたしも誘われたけどめんどーだからパスした」
「ちなみに誰と行くって言ってた?」
「覚えてない。なんか面白い奴とかなんとか言ってたけど」
「そうなんだ。ふぅーん」
はい、優理花で確定。
でも奈津はどうでも良さそうな様子で麦茶を注ぎ、「はい」と僕に渡してきた。
闇落ちしかけている様子はないのでひとまず安心する。
「ていうか奈津、まだ実家に帰ってなかったんだ?」
「もちろん! てかあんな家、絶対帰らないし!」
「なにがあったんだよ」
「それがさぁ、鈴木。聞いてよ!」
奈津は説明が下手くそらしく話があっちに行ったりこっちに行ったりで全然進まない。
しかも無意味な登場人物まで色々出てきて、理解するまでに一時間ほどかかった。
「えーっとつまり、奈津のご両親は高校卒業後地元の大学か地元の企業に就職して一人暮らしは認めないってこと?」
「そーそー。そういうこと。あり得なくない? 江戸時代じゃないんだから!」
そこまで遡らなくてもいい気もしたが、余計なことを言うとまた話が長くなりそうなのでスルーする。
普段の会話は簡潔としているけど不平不満を述べるときは話が長くなるタイプらしい。
職場にもそういう女性社員さんはいたので扱いにはなれている。
「奈津は地元を離れたいの?」
「離れたいっていうか……あー、うん。一度外に出てみたい。あ、やっぱ一度出たら帰らないかも。別に地元が嫌いって訳じゃないんだよ。ただなんもないし、それこそ働くとこもあんまないしさー」
相変わらず要領を得ない感じであーでもない、こーでもないと話す。
別にこの話に正解もないし、いまここで決めるべきこともない。愚痴のようなものだ。
こういう時は話したいだけ話させるのが一番だということをサラリーマン時代に学んでいた。
たまに相づちをうってあげるだけでいい。
「一生あそこで過ごすってなんか寂しいんだよね」
「確かに。一度地元を出てみるっていうのも悪くないかもね」
「だよねー。でも一度出たら二度と戻らなさそうって不安もあるの。そりゃ帰省くらいはするけど、もう一度住むかって言われたらウーンって感じになりそう」
「わかる。一度出ると戻るって選択肢が急になくなりそうだよな」
奈津は頬杖をつき、眉を歪めながら煎餅をパキンと噛む。
「鈴木はいいよねー。都会に住んでるから地元出ていかなくてもいいし」
「そんなことないよ。僕だってもっと都会に行ってみたいと思うときあるし、逆に静かなところに住んでみたいとも思うこともある」
「えー? 田舎なんてサイアクだよ? コンビニだって歩いていけないし」
奈津はゴリッゴリッと煎餅を咀嚼して顔をしかめる。
「そういう面倒さはあるかもしれないけど、でも毎日満員電車に詰め込まれて会社に行くのも地獄だよ。それにいまならネットで繋がってるから地方でも働きやすいし。車通勤なら仕事終わりに飲みに誘われることもないだろうしさ」
サラリーマン時代のことを思い出してつい語りすぎてしまい、奈津にきょとんとされてしまう。
「鈴木って意外とリアルに将来のこと考えてる?」
「え、あ、いや……想像だよ、想像。都会がいいって考えるのも良し悪しかなって」
「でもその想像、間違ってるよ。田舎ってすぐなんかあると集まって宴会みたいになるんだから。小さい頃から大人が集まってお酒飲んでるとこよく見てきたから。法事なんて飲み会だと思ってるんじゃない?」
「なるほど」
会社の人付き合いも面倒だけど、近所とか親戚付き合いが濃密であちこちに繋がっているのも面倒きわまりなさそうだ。
「とにかく田舎の狭い世界が嫌なの。こんなところで一生過ごすと思うと気が滅入ってくる」
「なるほど。奈津の気持ちも分かるよ。でも都会に出てなにがしたいの?」
「そう言われると……まだ決まってないけど」
「どこで生きるかよりどうやって生きるかの方が大切なんじゃない? 地元に残るにせよ、都会に出るにせよ、どうありたいかを考える方が大事だよ」
「うーん……まぁそうなんだけど」
奈津は納得したような、してないような、複雑な顔になる。
求めていた言葉とは違うんだろう。
言葉的に正しそうできれいなことは否定しづらくても納得もしづらいものだ。
「でもまあ、なにするにせよ、都会の方が選択肢が増えるのは間違いないよね」
「そう! それなの、それ!」
「だったらまず都会に出てなにがしたいか考えてみるべきだよ。自分の夢というものをきっちり確認する」
「え? 逆じゃない? 都会なら選択肢が増えるから、都会の大学に行って、それから考えるんじゃないの?」
「もちろんそれでいいと思う。でも両親はそうは思わないだろ。まずはこうなりたいからこれを学ぶ。次にするみたいなロードマップを作るんだ。それをもとに親を説得する」
「ふんふん」と奈津は前のめりになって頷く。
「奈津がなにをしたいかを明らかにし、そのためには都会に行かなければならないって説明すれば状況も変わるんじゃないかな」
「そんなにうまくいく?」
「さあ。それは分からない。でも子どもが真剣に考えたことを頭から否定する親はあんまりいないんじゃないかな。子どもはいないから分からないけど」
「あはは! そりゃいるわけないじゃん! 高校二年生なんだよ、あたしたち」
「そ、そりゃそうだよね!」
うっかり二十八歳の自分が出てしまい、慌てて笑ってごまかす。
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悩みを聞くっていうのは意外と大変なものですよね
真剣に聞いて一緒に考えても、そもそも意見を求めてなかったり。
逆に適当に聞いていると真剣じゃないと見透かされたり。
まあそもそも私はあんまり他人からそんなに悩みを打ち明けられるタイプではないですけど
どちらかというと悩んでいる人を関係ないことで笑わせるタイプですね
笑い力は偉大だなって思います
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