第35話 マーガレット枢機卿
「ひょっとして」
「お姉様」
ラグランスの疑問に答えたのはラピスだ。となると、やっぱりか。
「マーガレット様」
「ええ。入りますよ。魔法は使わないでくださいね」
くすくすと笑って酒場の玄関へと現れたのだ、中央ではよく見かけるがこんな地方では絶対にお目にかかれない、枢機卿としての神父服を纏ったマーガレットだ。魔導師のマントとは異なる、美しい装飾のなされたその服を美しい女性がそれを纏うと、男性の枢機卿よりも威圧感たっぷりだった。
「猊下。まさかと思いますけど、その格好で馬を飛ばして来られたんですか?」
思わず顔を引き攣らせてラグランスは確認してしまう。とてもではないが乗馬に向く格好ではない。それも早駆けには絶対に向かない。
「ええ。多少魔法の力も使いましたから問題ありません」
「さ、左様ですか」
平然と頷かれて、ラグランスはそれ以上の言葉はなかった。見守っている男どもも完全に圧倒されている。
「お姉様。まだお知らせを出してはいないはずですが」
しかし、この中で唯一平然としていられる人物がいた。妹のラピスだ。だが、そんなラピスも戸惑いを隠せずにいる。
「ええ。ですが、枢機院では非常事態が迫っているとして、私の派遣を決めました。ラグランス神父、報告をお願いします」
「は、はい」
魔導師とはいえ、枢機院の命令を無視することは出来ない。同等の権力を持つとされているが、それはどうしても枢機院と相反する答えを出さなければならない時に、非常時の権力として認められているに過ぎない。しかもこれさえ建前であり、枢機院の構成メンバーの多くが魔導師である。目の前にいるマーガレットもそうだ。だから、ラグランスは素直に報告した。
「なるほど。やはり、解決の鍵はラグランス神父が握っているということですね」
マーガレットは慣れた様子で注文したレモンスカッシュを飲みつつ、ラグランスの報告を黙って聞いた。そして、こうなることは予期されていたと認める。
「やはり、試験で」
「ええ。あなたへの試練がマクスウェルに関わることだというのは、最初の試験で見抜かれていました。だからこそ、すんなりと通すわけにはいかなかったんです。能力的な問題というよりも、あなたが本当にマクスウェルを倒せるのか。そこが引っ掛かったと思ってください」
「はい」
三浪した理由さえマクスウェルに関わることだったと知り、ラグランスはちょっと肩を落としてしまう。そして、倒すことが前提だったということも、気分が落ち込んでしまう。
「当たり前でしょう。マクスウェルのことで、枢機院では吸血鬼に堕ちる条件がある程度絞り込めていました。ラグランス神父の報告でそれは確かなものになりましたが、これ以上、吸血鬼へと堕天する者を出すわけにはいかなかったです」
「はい」
それはそうだろうと、ラグランスでさえ思う。ただでさえ、過去に例のない吸血鬼の出現で枢機院は多くの失態を演じることになった。これ以上、吸血鬼が発生されては困る。この国の権威はクロマ―神によって担保されていると言っても過言ではないのだ。
「それでも、あなた以上にマクスウェルに近づける人がいなかったのも確かです。そして、マクスウェルが導き出した答えに応えられるのもあなたしかいない。他の魔導師ならば力押しして、そして負けるだけです。でも、あなたは違う。そう解ったからこそ、魔導師の資格を許可しました」
この意味がわかりますね、とマーガレットはラグランスを見つめる。
「俺は、マクスウェルに引導を渡す立場だと」
「はい。神もそれを望まれています」
「――」
これは自分の感情だけではどうしようもない問題だと断言され、ラグランスは僅かに俯く。しかし、今までとは違う気持ちがあった。
「友の願いも、私に倒されることだと、そう考えてもいいのでしょうか?」
マクスウェルは自分に対して戦えと言った。先に攻撃を仕掛けることで、戦わせようとした。しかし、あの一撃でラグランスを殺し、そして食べてしまうことも可能だったはずだ。それをしなかったのは、マクスウェルが倒されることを望んでいるからではないか。そう考えるに至ったのだ。
「神は総てを見通しておられますよ。マクスウェルが試練に耐えられなかったのは、非常に遺憾です。ですが、それは彼が優しさを失わなかった証拠でもあります。今回の件は、非常に難しいことを、私も理解しています」
マーガレットもまた、神の非情さを感じてはいるのだ。しかし、もし一度でも魂の復活を認めればどうなるか、その影響の大きさを知っているがゆえに、マクスウェルの行いを正しいものと認めることは出来ない。
そう。神があえてあんな試練を与えたのは、この国を、この地上の秩序を守るためだ。たとえ一度でも例外を認めれば、人々は死ぬ度に魔導師を頼って復活を願うようになる。それだけは避けなければならないのだ。
だからマクスウェルは、あの秘法を行った時点で堕天することになった。それと同時に、魂を取り戻した少女を始末させた。その例外を食らわせることで、魂を呼び戻すことがどれだけの大罪なのかを示したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます