第37話 理不尽
「ここは治安の維持が最優先されるとして、トムソン神父の防御魔法をもって任務にあたってもらっていたのです。森が多く、周囲から離れた場所にあるここは、盗賊たちがいつ襲ってくるか解りませんからね。領主も留守でしたし」
「ああ。そういえば余所からの盗人ってあんまりいなかったな。それってトムソン魔法で弾かれていたってことか」
とはいえ、それが百パーセントで弾けていなかったのは、酒場の店主の慣れた包丁の構えで解るところだ。こういうところに勤務態度の悪さが出ている。
「ええ。他にもここに討伐隊が来た時、この町は安全でしたよね。それはあれこれトムソン神父が頑張っていてくれたからですよ。ただ、あまり報われた気がしないものだから、態度が悪くなってしまうんでしょうね。聖職者の辛いところでもあります」
くすっとマーガレットに笑われ、トムソンはますます顔を赤くした。しかしまあ、意外な魔法が使えたものだ。どちらかといえば攻撃魔法が得意そうだというのに。
「それ、それが最も知られたくない理由」
ラグランスの指摘に、トムソンはどうして防御だったんだと頭を抱えている。なるほど、本人も不本意であるご様子だ。
「魔法の発現は生まれ持っての素質ですからね。それが神学校で鍛えられるだけですから、選べません」
そんなトムソンに、マーガレットは無情な一言。なるほど、自分の好きな魔法を使いこなしたければ魔導師になれ。魔導師試験にはそういうニュアンスも含まれているようだ。
それはともかく、トムソンが防御魔法を使えるというのは大きい。戦闘に慣れていないラグランスは、先ほどマクスウェルにこっぴどくやられたところだ。一週間後、マクスウェルを倒すと覚悟を決めたラグランスに対して、マクスウェルが手心を加えることはないだろう。そうなると、防御を他の人が担ってくれるというのは大きい。
「そうでしょうね。向こうも全力を持って戦うことでしょう。あなたを吸血鬼にしたくないと願うのならば尚のことです。試練とは、それほどまでに難しいものですから」
マーガレットは重々しく頷いた。それに、ラグランスは自然と手を握り締めてしまう。
「あの、吸血鬼になった少女は」
しかし、もう一つ問題があった。どういう経緯か解らないが、マクスウェルの血を飲むことで吸血鬼になった少女がいる。これをどう解釈し、どう対処すればいいのだろうか。
「血を飲むことで救えたとしても、おそらくその少女を本当の意味で救ったことにはなっていないはずです。それもまた、神の与えた罰の一つと考えるべきでしょう。再び同じ過ちを犯してしまったマクスウェルに、本当にそれをすべきだったのか解らせるためにね」
「――」
それは何となく想像していたから、ラグランスは反論することが出来なかった。マクスウェルは常に病に倒れた妹を意識してしまう。それがどうしても道を誤らせる。そしてその度に罪が増えてしまうのだ。
「吸血鬼になったのは、ある意味で必然なんですね」
ラピスがその場を代表するように呟く。そのとおりだろう。マクスウェルはきっと、何度でも似たような状況にいる子どもを救おうとしてしまう。それが駄目なことだと解っていてもやってしまう。だからこそ堕ちたのだ。
「それとラグランス神父」
「はい」
周囲の暗くなる空気を裂くようにマーガレットに名前を呼ばれ、ラグランスはぴしっと背筋を伸していた。必ずマクスウェルを倒すしかない。そうしないと、彼は延々と苦しみ、そして同じ過ちを繰り返し続ける。その覚悟が、今まで丸まりがちだった背筋を伸させた。
「吸血鬼を倒すための秘法を授けます。マクスウェルが一週間の猶予を与えてくれたことに、感謝しなければなりませんね」
「え?」
「特訓しますよ」
マーガレットの笑顔に、あっ、この特訓って絶対にヤバい奴だと確信するラグランスだった。
ラグランスとの会談があった後、マクスウェルは食事量が明らかに増えていた。過度にストレスが溜まったためなのか、気持ちが不安定になりがちだ。それが吸血鬼だと空腹に変換されてしまうため、今までにないほど血を啜ることになる。あれから三日。一体何人の人間の血と肉を食らっただろうか。
「くそっ」
しかも、今までは一人を食べれば満たされていたというのに、その充足感さえ消えている。マクスウェルは散らかったテーブルを見つめ、思わず悪態を吐いていた。
自らの罪を認めたら、自らの罪を他の魔導師へと告解したら、そこから歯止めが利かなくなるなんて、何という仕打ちだろう。悔しさに、血に濡れた唇が震える。
「マクスウェル様。もう一人お持ちしますか」
それを淡々と見つめるマリーは、まだ足りないのではと訊ねてくる。しかし、マクスウェルはありったけの理性を動員して首を横に振った。
「いい。きりがない」
解っている。吸血鬼としての自覚が大きくなったせいだ。別に理不尽ではない。そして、今までが間違っていたのだ。自分で認めたからであって、これは神の仕打ちではない。
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