第36話 トムソンの秘密

「そう、ですね」

 当事者には見えない部分を指摘され、ラグランスはその通りだと思った。確かに起こった事象は酷い。しかし、それは認めてはならない行為だった。そこを、ちゃんと理解しなければならない。

 自然の摂理なのだ。そして、それに唯一逆らう力を持つ魔導師が、率先してその摂理に反してはならない。それを解らせるために吸血鬼へと堕とすのだ。人々を食い殺す恐ろしい存在へ。それは、人々が守るべきものは何かを示すためにある。

「ただし、問題はその吸血鬼が恐ろしく強いということです。ただ倒そうとしても倒せない。それは先の討伐隊によって明らかになりました。つまり、正しく引導を渡せる人が必要なのだと。あなたはマクスウェルと話し合いたい、どうしてこうなったのか、聞き出したいと願った。同時に、これ以上犠牲者が出ないようにしたいとも願った。それはマクスウェルを吸血鬼から脱出させ、元に戻すことを願ったからでしょうが、そうやって、彼に向き合おうと考える人が必要だったのです」

 マーガレットは真っ直ぐにラグランスを見つめて告げる。ラグランスが魔導師としてはあってはならない、マクスウェルを救いたいと願っていたことを見抜いている。恋心を抱いていることを見抜いている。しかし、それこそが大事なのだと告げる。

「でも、吸血鬼を脱する方法はないのですね。何をどうしようと、贖罪は許されないのですね?」

 ラグランスは思わず縋るように訊ねてしまう。向き合い、告解を聞き、正しく罰するのが自分の役目だというのならば、マクスウェルに救いの手を差し伸べるのがなぜいけないのか。そうストレートに問うことは出来ないから、そんな訊き方をしてしまう。

「贖罪の道はありません。なぜならば、マクスウェルは魔導師だからです。最高位にあるものが背くことは、神を裏切ったも同じ。だからこそ吸血鬼に堕ちるという罰が待ち構えているのです。その罰を終わらせ、せめてその魂に安らかな眠りを与えてやることしか、我々には許されていません」

「っつ」

 きっぱりと告げられ、ラグランスは思わず息を飲んでしまう。それは酒場に集まっていた人々も同じだった。ここにいる人々は、吸血鬼であるマクスウェルを恐れつつも、マクスウェルを魔導師として慕っていた人たちだ。救済の道はどこにもない、贖罪の道もないなんて、納得出来るものではなかった。

「ここは、どうなりますか?」

 そんなみんなの気持ちを代弁するように、トムソンが進み出て訊いた。ここは今、マクスウェルの直轄地域だ。もしマクスウェルが倒されるというのならば、ここはどうなるのか。思わずマーガレットを睨んでしまう。ここを今まで放置し、妹のラピスを遣わして、何がしたかったのか。

「トムソン神父ですね。しばらくは枢機院が受け持つことになるでしょう。安心してください。他の方々に手出ししようなんてことは考えていません。そんな意見が出ても、私が責任を持って潰します」

 そんなトムソンにマーガレットは静かに、しかし強い意志を持って告げた。それに、さすがの不良神父も飲まれる。

「ラピスにここにいてもらったのは、町は今まで通りに普通であることを証明してもらうためでもあります。トムソン神父の勤務態度改善だけが目的ではないですよ」

 さらにそう付け加えられ、周囲から笑いが起こった。トムソンの勤務態度が悪いことは、自警団も酒場の店主も知っている。

「お前らなあ」

「トムソン神父」

 笑われて怒鳴ろうとするトムソンを、マーガレットが鋭く制する。さすがは枢機卿。全員が口を閉じた。

「トムソン神父にはラグランス神父の補助に入ってもらいます。たしか、防御魔法がお得意でしたね」

「えっ?」

「そうなのか」

「お前、魔法なんて使えたのかよ」

 ラグランスを筆頭に、口々にそうなのかとトムソンに詰め寄る。一方、トムソンは何で知ってるんだと真っ赤な顔をしてマーガレットを睨んだ。

「なぜこの地域が安全なのか。皆さん、マクスウェルの力の大きさで気づいていないかもしれませんが、トムソン神父の存在も大きいのですよ。そもそも、各地に派遣する神父をどうして枢機院が一括管理しているか、知っていますか?」

「え?」

 ラグランスを含め、誰もが今まで公務員だからだと考えていた。おかげで視線が一気にマーガレットに集まる。

「それぞれの地域に必要な魔法が使える方を派遣するためですよ。神父とはいえ、まったく魔法が使えないわけではありません。ただし、使える魔法が限られているのです。そこが魔導師との差。魔導師はオールマイティに使いこなせる能力を持ちます。だからこそ、適材適所になるように枢機院が派遣先を決めているんです」

 そうだったのかと、全員が目から鱗だった。ただし、指摘されたトムソンはすでに理解していたようで、むっすりとしているのみだ。

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