第11話 悩み

「いいところだろ?」

「え、まあ」

 開始三十分。すでに酒が入って陽気なゼーマンに対し、神父服でなぜ酒場にいなきゃなんないんだと思うラグランスは適当だ。自分の分のビールはゼーマンに押しつけ、ちまちまジュースを飲んでいる。が、同じく神父服であるトムソンは、ゼーマンと同じくらいにハイペースで飲んで出来上がっている。

「堅いなあ。そういうところはさすが、天下の魔導師様だよなあ」

「おい。不良神父」

 余計な金を使うなと、ラピスに弁当を持たされたのを忘れたのかと、ラグランスは睨む。ちなみに持ち込みオッケーと店主から許可を貰い、その弁当であるサンドイッチはすでにつまみとして食べ終えていた。

「まあまあ。いいじゃねえの。それにこいつら自警団はマクスウェル様とよく会ってんだぜ。仲良くしておいて損はない」

「まあ、そうだけど」

 こそこそっとそう付け足してくるが、明らかにトムソンは酒を飲みたいだけだと思う。別に戒律で飲酒が禁止されていることはないが、昼間から飲むのは自重すべきだろう。

 規律正しい生活をせよというのは課されているはずだ。一応は神父なのだし、そのくらいは守れ。

「で、ラグはどうしてここに? マクスウェル様に手出しする気はないんだよな?」

 ゼーマンは酔っ払いつつも、ちゃんとそんなことを訊いてくる。意外と油断できない相手だ。

「手出しはしないよ。ただ、知り合いだったから、会えないかなって」

「マクスウェル様と知り合いだって? 月とすっぽんじゃねえか?」

「うっ、そうだけど」

 面と向かって言うなよと、ラグランスは持っていたカップを力一杯握り締める。これがビールならば様になるだろうが、中身はブドウジュースだ。

「どういう知り合い?」

「神学校で一緒だった」

「ああ。ご学友ってやつ」

「そう」

 わざわざ丁寧な言い方をしているのは、馬鹿にするためなのか。マクスウェルに敬意を払っているからか。そのどちらでもあるのか。ただ、腹が立つ。

「昔から綺麗な顔だったんだろうな」

「そうだな。作り物みたいに整った顔をしてた」

「へえ。もちろん優秀だったんだろ?」

「当然。文武両道。それこそ、俺とは違って」

 はあっと、ラグランスは言っていて悲しくなる。あまりに差が大きい。片想いの相手は憧れの人でもあるのだ。それなのに、神に背いたとされるのはマクスウェル。何だか納得できない。

「まあ、そうだよな。あれほど完璧な方が神に背いた吸血鬼だなんて、どうにも納得出来ない話だ。俺だって夜しか会えないとか、罪人食らっているとか、そういう事実がなければ信じられないぜ。いつも紳士的で、丁寧で、優しい。どんな相談にも乗ってくれる、まさに魔導師様だよ」

 しみじみと言うゼーマンも、マクスウェルが吸血鬼であることに納得できていないらしい。

 それはそうだ。いつも世話になっている相手であり、この土地を守ってくれている恩人だ。悪者だなんて思えないだろう。

「吸血鬼に何でなったのか、俺も、同じく神学校で一緒だった奴らも誰も知らないんだ」

 ラグランスは悲しくなって言っていた。誰も知らない理由で吸血鬼になった。それだけでも辛いのに、今もちゃんと魔導師の見本のように振舞っている。これを、どう考えればいいのか。話を聞けば聞くほど解らなくなる。

「ううん。あの御方にも、誰にも相談できない悩みがあったってことか」

「むしろ、完璧な奴だったからこそ、気楽に相談できる人はいなかったのかも。そう思うけど、吸血鬼になるって相当な重罪を犯さないと無理だし、訳分かんないっていうか」

 どうしてゼーマンに向けて本気の相談しているんだろうと思いつつ、酒場の空気がそうさせるのか、ラグランスは今まで思っていたことを吐き出していた。

「神に背いたと思われるほどの重罪か。殺人でも違うんだろうな」

「うん。そういう事件だったら過去にもあったし、その神父が吸血鬼になったという記録はない。そもそも、吸血鬼に堕ちたという前例がないんだ。これもまた、不可解な理由だよ」

 はあっと、ラグランスは溜め息を吐き出す。解らないことだらけだ。マクスウェルが完璧だったからこそ、余計に理解できない。

「吸血鬼であっても、いいんじゃねえのか。別に」

 あまりにラグランスが悩むからか、ゼーマンはそう言った。たしかに今、困っていることは起こっていない。この町は安全で安心だ。

 でも、マクスウェルは確実に人を捕食している。それは、必ずいつか問題になる。王朝からの奴隷が途絶えれば、マクスウェルはこの町の人を食らうようになるだろうし、マクスウェルがいつまでも一定の量しか食べないかどうかだって解らない。

「ん、まあな」

 以前に小さな罪の人間も食われただけに、いくらマクスウェルを守る立場とはいえ、ゼーマンも否定できなかった。マクスウェルの理性が消え、無差別に食べるようになったらどうなるか。自分たちだって安全ではなくなる。

「もちろん、そういう暴走があるのかも解らないよ。ただ、俺は、暴走して人を食ったところを見てるから」

 最初の被害者、あのいたいけな少女が食い殺された場面が脳裏に焼き付いている。そして唐突に襲ったマクスウェルの異様さも。あれがいつどこで起こるか解らない。それがラグランスの正直な思いだ。

「信じられないのか?」

「ううん。普段はとても理性的なんだろうと、それは解ってる」

 この町が、マクスウェルがただのバケモノではないことを証明している。マクスウェルは神から堕天したと見放されても、未だに魔導師として賢者として振る舞っている。でも、それが永続するのか。それは誰も解らないのだ。

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