第42話 対決を前に
「魔導師って、大変な商売だな」
「だな。カッコイイって憧れる職業なんだけど、その実態はめっちゃ大変だって知ってなきゃ駄目だよなあ。うん。本来は受験年齢が四十前後なのも納得」
「確かに」
半端な奴じゃ背負い込めない。でも、ラグランスは背負い込むことを決めた。だからこそ、あのマントを羽織る資格を得ることが出来たのだ。
「さすがです、ラグランス神父」
そこにマーガレットが現れ、拍手をしてくれた。慌てて姿勢を正すラグランスとトムソンに、怒ることなく微笑みを向ける。それは魔導師が、最敬礼として向けるものだ。
「げ、猊下」
「総て終わりましたら、あなたを枢機卿に推薦いたしましょう。この国を、いえ、クロマー教を正しいものに出来るのは、あなたしかいないようです」
「えっ」
なんか、この先の話をされているけど、とんでもないことを言われていないか。ラグランスはフリーズしてしまう。
「猊下。こいつに枢機院勤めが向いているとは思えませんが」
というわけで、仕方なくトムソンが反論しておいた。ラグランスはかくかくと頷くのみ。
「いえ。今回のことでお導きがあることでしょう。神のご加護を」
そう言って印を切るマーガレットは、まったく冗談を言っている素振りはない。
「と、ともかく、明日だな」
「そ、そうだよ」
まだ、マクスウェルとのことが決着したわけではない。マーガレットがどうしてこの話を今したのかが解らず、ラグランスは戸惑うしかないのだった。
マーガレットが賛辞を贈ってきたのが不思議だったラグランスだが、身体には明らかな変化が現れていた。
「すげえ」
「マジか」
今まで安定しなかった魔法が安定し、他にも苦手だった魔法が綺麗に扱える。あれこれとマーガレットの指示で試していたラグランスはびっくりだ。そしてそれを見学していたトムソンとラピスも見直したと拍手してくれる。
魔導師としての使命を受け入れる。その覚悟を定めるだけでこうも違うのか。誰もがびっくりの状況だった。そして、それをすんなり見抜いたマーガレットの凄さ。
「確かに枢機院にいてもおかしくない実力だぜ」
「そ、そうかな」
「だが、お前にお役所勤めが出来るとは思えねえけどな。だってお前、俺と同じタイプだもん」
「うぐっ」
トムソンのにやにや笑いに、堂々と反論できないところが辛い。確かに神学校もマクスウェルがいるから頑張れたようなラグランスには、堅苦しい枢機院は苦手とするところだ。しかも枢機院なんて政治の中枢。そこで駆け引きなんて出来るのか。不安でしかない。
「まあまあ。魔導師としての自覚、そして、これからのマクスウェルとの対決。それらがラグのポンコツな部分を直してくれるわ」
そしてラピス。フォローしているようでとどめを刺してくれている。まだまだポンコツの汚名返上はなっていないらしい。
「そのマクスウェルは、魔導師としての使命に背きながらも完璧に魔法が使えるしなあ」
だが、ポンコツの自覚もまだまだあるラグランスは、腕を組んで悩んでしまうところだ。
いよいよ明日、マクスウェルと戦う。しかし、これで勝てるとは思えなかった。これまであった実力差が随分と縮まったのだろうが、向こうには吸血鬼としての能力がある。果たして勝てるだろうか。
「弱気になってんじゃねえよ。最終的には、神様がなんとかしてくれるんじゃねえの。裏切った奴にとっては最低だけどさ。本来のちゃんとした魔導師であるお前には味方してくれるだろ?」
「ううん。まあ、そう信じたいけどねえ」
今までも素直にクロマー様サイコーとは言えなかったラグランスは、ここにきても懐疑的な部分は捨てきれなかった。ぶっちゃけ、神様ってのは罰は下すが手助けはしないのでは。そんな疑問も拭いきれない。
「そういうところが、やっぱり三浪しちゃう理由よね」
悩むラグランスに、ラピスはあっさりとそう指摘してくれるのだった。
一週間。それがとても長かったのはマクスウェルも同じだ。その間、不安からどれだけの奴隷を食らっただろうか。しかし、どれだけ食べても満たされず、どれだけ血を飲んでも喉が渇く。
「くくっ。いよいよ本当に吸血鬼だな」
そんな自分の変化に、マクスウェルは自嘲するしかなかった。ラグランスとの対決を決め、そして引き離した途端に訪れた変化。なるほど、神とはこれほどあくどいものなのか。そう思った。
「今までの苦労は、何だったのだろう」
そして思う。このまま吸血鬼として堕ち続けるにしても明日倒されて死ぬとしても、自分の人生とは何だったのだろうか。
たった一つの間違えさえ許されない。それを実感するだけの人生だったというのか。解らなくなる。
「俺には、この町を守る以外に、使命はなかったのか」
城の窓から見える穏やかな町並み。自分のせいで王朝から分断されてしまった小さな国。ここをよりよくするためだけにいたのだろうか。今後、ここが枢機院の直轄になることを考えれば、やったことは大きいのかもしれない。なんせ、ここを元々支配していた領主はやる気がなく、町は衰退の一歩手前だった。
「ふっ。虚しくなるだけだ」
己の成したことを考えたところで、結局は吸血鬼になった己のためにやったこと。他者のためにあるはずの魔導師として行ったことではない。
「俺は」
そこでずるずると床に座り込んでしまう。今日に限って、飢えも渇きもやって来ない。理性を保っている時間が長い。夜が、途轍もなく長い。
「フォルティア、シャーロット。もうすぐ俺も」
いや違うなと、そこでマクスウェルは首を横に振る。自分が行き着くのは二人がいる場所じゃない。死した後も罰を受け続ける、暗い地獄だ。二人にはどうやっても会えないし、謝ることだって出来ない。
「スタートが間違っていたというならば、どうして魔導師になれるほど力があったんですか?」
神に向け、マクスウェルは最後の問いを発していた。
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