第43話 魔導師とは?

 翌朝は憎たらしいほどの快晴だった。

「はあ。曇りだったらよかったのに」

「魔導師様の台詞とは思えないな」

 対決の前とあって走り込みもスクワットも魔法の試し打ちもなく、ぼんやりとしているラグランスは、気分がどんよりとしている。それを天気に当たるとは何事だと、トムソンもぼんやりしつつツッコミを入れた。

 そう、二人揃ってぼんやりしている。礼拝堂の机に並んで座り、朝の静寂な空気に身を置いている。本当はこれからの決戦へのモチベーションを上げるために祈りを捧げよとマーガレットから言われているのだが、元来サボりがちの二人に真摯に神に祈る心構えは一ミリもない。

「魔導師って、何だろうね?」

「あっ?」

「魔法を使えて、神様に近い存在ってことだけど、そしてこの国の賢者ってことだけど、何だろう」

「禅問答か?」

 対決の前とあってあれこれ悩むラグランスの言葉は抽象的すぎる。大丈夫かよと、トムソンはラグランスの頭を叩いておいた。

「いたっ。でもさ、魔導師になったのは、友を、いや、恋した人を殺すためだったのかなって」

「――」

「もちろん、あんな苦しみから解放してやれるのは魔導師になった俺だけだ。だから戦いから逃げる気も、吸血鬼を倒す魔法からも逃げる気もない。でも、やりたかったことって、マクスウェルを救うってこれだったのかなって、疑問になっちゃうよな」

「まあな」

 それはそうだろうとトムソンは思う。堂々と魔導師のマントを羽織ってこの地にやって来たラグランスは、マクスウェルと対面することを望んだ。あまりに酷い状態だったら倒すことを決意していた。でも、こんな結果は望んでいなかっただろう。

 マクスウェルとまともに話し合う事が出来て、ここもちゃんと統治されているというのに、それでも倒さなければならないなんて、この心根の優しい魔導師は想像すらしていなかったことだろう。

「神様ってのは残酷だな」

 決戦を前に、トムソンもやりきれない気持ちになるのだった。




 夜。まだまだ下弦の月は昇ってこない。そんな中、魔導師としての正装に身を包んだラグランスと、珍しく神父服をきっちり着たトムソンはマクスウェルの城を目指して歩いていた。

 勝つだろうと思いつつも、それでも不安の拭えない町の人たちに見送られたのはついさっき。すでに森の中を進む二人は、緊張に顔が強張っていた。

「ゴルドンの不安そうな顔がちらつきやがる」

 ついつい口にして悪態を吐くトムソンの声も、心なしか覇気が無い。それもまた仕方のないことだ。

 今日、マクスウェルは絶対に手加減をしない。そんな中、たった二人で戦わなければならないのだ。いや、トムソンは防御魔法に徹底するから、戦うのは実質的にラグランスだけだ。果たして勝てるのか。不安になっても仕方がない。

「吸血鬼の力は半端じゃないんだよなあ」

 ついに我慢しきれなくなったラグランスから弱音が漏れる。それに、トムソンの顔がますます強張る。

「お前、今更それを言うなよ」

「いや、だってさ。怪力まであるんだよ。接近戦って超不利なんだよね」

「止めろっ!」

 ただでさえ不安なのに止めてくれと、トムソンは耳を押えて悶える。しかし、そんないつも通りの状態にラグランスは小さく笑った。そしてその顔に、トムソンもにやっと笑う。

「緊張しても仕方ねえんだけど」

「俺たちポンコツだからねえ」

「そうそう」

「ポンコツ二人に命運を託すってどうなんだよ」

「全くだ」

 二人で好き勝手言い合って、くすくすと笑う合う。そうやっていると、見送られてより深刻な気分になっていたのも、少しは軽くなった。とはいえ、今から命のやり取りをするのだ。リラックスにはほど遠い。

「もうすぐ門だ」

「ああ」

 そして、確実にマクスウェルの待つ城へと近づいている。すでに視界には、あの美しい城が目に入っていた。その城は、敵を待ち構えているとは思えないほど、煌々と灯りが点されている。以前と違い、総ての部屋の灯りを点けているようだ。おそらく、戦闘がどう発展してもいいようにだろう。

「マクスウェルは覚悟を決めているからな」

「うん。俺に倒されるか、俺を食らって本当の吸血鬼になってしまうか」

「その選択の一部は、お前のためでもあるんだもんな」

「うん」

 頷きながら、涙するマクスウェルの顔が脳裏に浮かぶ。一部はラグランスのため。あれだけの苦悩を背負いながらも、やっぱり誰かを見捨てられないマクスウェルに、胸が熱くなる。と同時に、倒さなければならないという事実が切ない。いつもいつも、この二つの感情がせめぎ合う。

「優しいだけじゃ魔導師は出来ないってのは、本当はマクスウェル自身のことだったんだろうな」

 悲しげな顔をするラグランスに、トムソンはぽつりと呟いていた。




 到着した城の門は開け放たれていた。前回のようにマリーが待っていることはなく、何だか胸騒ぎがする。

「まあ、敵を迎え入れようっていうんだから、案内はないだろう」

「そうだけど。マクスウェルはマリーをどうしたんだろうって思って」

「確かにな」

 自分の血を飲ませて吸血鬼にしてしまった少女。まさかその子までラグランスに倒させるつもりではないだろう。となると、マクスウェルが何らかの手を打っている可能性はある。

「食事の世話をしていたのは、あの子なのに」

「どちらに転んでももう必要ないからなあ」

 ともかく、城の中に急いだ方がよさそうだ。二人は門を潜ったところから駆け足になる。そして大急ぎで城の中へと入った。

「マクスウェル!」

 思わず大きな声で呼んでしまってトムソンに頭を叩かれるが、どうにも不安だった。マリーがいない。たったそれだけの変化が、非情に焦る。

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