第44話 対決
「そんなに大声で呼ばなくても、ちゃんと待っていたさ」
だが、そんな懸念とは無縁のような落ち着いた声がし、優雅な足取りでマクスウェルが現れた。きっちりと着込んだスーツがよく似合う、より蠱惑的なオーラを放つようになったマクスウェルに、トムソンは思わず口笛を吹く。
「音に聞く美青年様はさすがだね」
「そちらはトムソン神父ですね。初めまして」
トムソンのからかいにも、マクスウェルは動じずに優美に笑ってみせる。なるほど、生まれながらに魔導師ってタイプだなと、トムソンは内心舌打ちをしてしまった。言葉で動揺を誘うのは難しいだろう。
「マクスウェル」
ラグランスがもう一度呼びかけたが、マクスウェルは笑顔を崩すことはなかった。
「戦う覚悟を決めてくれたようで嬉しいよ。ラグランス。これで、残っている理性に決別できる」
それどころか、そんな宣言をする。おかげでラグランスは見事に動揺してしまった。
「馬鹿っ!」
トムソンの防御魔法が一瞬でも遅かったら、ラグランスは吹っ飛ばされていただろう。蹴りを弾かれたマクスウェルは、そのままくるっとバク転を決めて距離を取る。
「なるほど。どうしてトムソン神父も付いてきたのかと思えば、楯ですか」
「ああ。この魔導師様は手が掛るんでね」
にやっと、なんとか笑ったトムソンだが、一週間の特訓がなければ勝負にすらならなかった事実を見せつけられて冷や汗が出る。実力差があるとラグランスは言っていたが、これほどの開きがあるとは思わなかった。吸血鬼に堕ちたというのに、マクスウェルの精神的安定の仕方は魔導師すら凌いでいる。
「ラグランス。ちゃんと戦うって決めたんだから攻撃して来い」
しかも、マクスウェルはしっかり挑発してくる。マリーがどうなったか、そんなことを問える状況ですらない。
「っつ」
ラグランスも少しは攻撃しないことには、マクスウェルともう一度話し合うことすら無理だと理解した。覚悟を決め、腕を振り上げる。
「そうこなくっちゃ」
どんっという音がして、二人の炎がぶつかり合う。ラグランスが何を使うか読んで、マクスウェルが放ったのだ。おかげで魔法は相殺され、しゅんっと炎は消えてしまう。
「魔導師同士の対決なんて過去に例がないわけだが」
トムソンは拙いなと、その一回の手合わせだけで見抜いてしまった。同等の魔法を放てばそれで魔法が無効になるなんて、今の今まで知らなかった。それはラグランスも同様だ。目を大きく見開いている。
「基本魔法は無駄だぞ。さあ、君の魔導師としての実力を見せてくれ」
マクスウェルの笑みに、マジかよと思いつつもラグランスは魔導書を慌てて開いていた。
魔導師ともなれば魔導書を開いただけで魔法が使えるという。しかし、まだまだ熟練の魔導師とは言えないラグランスは、魔導書を開いてちゃんと魔法を発動させなければならない。
「ええっと、何だ? ヒポグリフ!!」
とはいえ、さすがは魔導師。つっかえつつも召喚魔法を実行。ちゃんと出てきた。これもまた、マーガレットの特訓メニューのおかげだ。
「どわっ」
ヒポグリフとは龍のような馬鹿でかい鳥だ。それが見事に召喚されたわけだが、同時に巻き起こった竜巻は見事にトムソンも吹っ飛ばしてくれる。
「うおおおっ」
召喚したラグランスも風に耐えるのに必死だ。しかし、足腰の強化トレーニングのおかげでその場に踏み止まれている。本当にマーガレット様々だ。ここでよろめいてはヒポグリフは本の中に帰ってしまう。
「ふんっ」
それに対し、マクスウェルは飛んでくるヒポグリフをひらりと躱した。それだけではなく、かっと口を開き、その犬歯で噛みついてしまう。この戦い方は完全に吸血鬼のものだ。その牙に触れると、ヒポグリフはしゅるしゅると消えてしまった。
「なっ」
「吸血鬼の牙はヒポグリフにとって毒のようだな」
にやっと笑うマクスウェルの顔は今まで以上に蠱惑的だった。その牙も金色の目もまったく違和感がない。そして、すでに召喚魔法とも戦ったことがあるのだと解った。
「くそっ、討伐隊のせいだ」
「ああ。すでに向こうは経験値があるってことだな」
頭を抱えるラグランスに、トムソンもこれはどうしようもないなと溜め息だ。先ほどの魔法の相殺といい、マクスウェルはすでに戦い方を熟知していた。一方、討伐隊が総てマクスウェルに食べられてしまったラグランスは何も知らない。この差は実力差以上に大きそうだ。
「なあ、ラグランス。お遊びで来たんじゃないだろう。君は使えるはずだ。他の魔法を」
「ちっ」
マクスウェルの前では隠し事は不可能だったと、ラグランスは思わず舌打ちしてしまう。確かに、吸血鬼に対抗できる魔法をマーガレットから伝授されている。しかし、それは最後の手段として取っておくつもりだった。あれは、色々と危険だ。本当にマクスウェルの魂ごと吹っ飛ばしかねない。
「なあ、君は戦いに来たんだろ?」
「そ、そうだけど」
「俺が苦しんでいることも知っている」
「う、うん」
「じゃあ、屁理屈を並べていないで戦え!」
マクスウェルの姿が一瞬にして消える。そして、気づいた時にはラグランスは吹っ飛ばされていた。トムソンが防御する暇さえない。
「なっ」
「驚いている場合じゃないよ」
そんなトムソンの目の前に綺麗な顔が間近にあった。これでは防御できない。そんなことを思う暇なく、ラグランスとは反対側に吹っ飛ばされた。
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