第16話 謎

「だって、学校が嫌いだったんだもん」

 対してトムソンからは清々しいまでに単純な理由が述べられる。

「うん。でも、破壊するのは学校だけにしようよ。俺も、あまりに嫌いな授業の前には職員室に爆弾でも仕掛けられないかなとかは思った」

「おい、その局所的な考え方の方が怖いぞ」

 隕石ならば笑えるけどよと、今度はトムソンがドン引きだ。真面目な学生だったのかと思えば、そういうところは普通だったらしい。いや、真面目だからこそ危ない考えが生まれたのか。

「お二人とも、後で懺悔なさい」

 でもって、ラピスからそんな注意が入る。その顔は神学校の学年主任や寮監を思わせる怖さがあった。

「それは時効ってことで」

「そうそう。今はマクスウェルの話だよ」

 そして当然のように、結局は二人で結託することになる。落ちこぼれで不真面目な点において、どことなく似ているのは否定できない。

「まあ、そうですね。で、マクスウェルはあなたたちのように馬鹿な空想をしていたわけじゃないんでしょ?」

 ラピスの容赦ない言葉に、ラグランスは渋々ながら頷く。そのとおりで、マクスウェルはくだらない妄想をしていたわけではないのだろう。

「そう。ぼんやりした後は決まって学校の敷地内にある礼拝堂に行っていたんだよ。今のラピスの言葉じゃないけど、それってつまり」

「懺悔していた」

「うん。今までは敬虔な態度からだと思っていたけど、その懺悔の内容が妄想していたものに対してであるとするならば」

「その頃から、吸血鬼になる要素を抱えていたってことになるな」

 ラグランスとトムソンはううむと唸った。しかし、この中では唯一の真面目な学生だったであろうラピスは違う意見だ。

「神に対して告解できるのならば、それは神の意思に背くほどのことではなかったのではないですか? 妄想したことを詫びることが出来たのでしょう?」

「そうとも考えられるけど」

 ラグランスは微妙な顔をしてしまう。確かに神に対してそれが不敬だと解っている内容であり、そしてそれを素直に告解していたのならば、どうして堕天するに至ったのかということだ。現実には、どこを取っても優秀だったマクスウェルは吸血鬼になってしまった。つまりはその妄想を実現させようとしたはずだ。

「不思議なのは、それほど根深い問題を抱えながらよく魔導師の試験を通ったということだよな。魔導師の試験はそれこそあらゆることが試される。その頃から闇を抱えていたのだとしたら、どうして突破できたんだろう?」

 トムソンはより具体的に考えて悩んだ。マクスウェルは神学校を卒業すると同時に魔導師になっている。それは異例中の異例であり、優秀というだけでは不可能なものだ。あの試験の難関さは神学校に通ったことがあるものならば、身に染みている。

「精神的な面で落とされるはずだけどな」

 顎を撫でつつ、どうにも妙だなとトムソンは唸る。

神学校では将来は魔導師を目指すことを前提として試験についての指導もあるのだ。もちろん、その試験を受けるのはもっと年を取ってから、神父としての経験を積んでからという前提で語られている。だからこそ、若輩者であるマクスウェルが通るには、それこそ並の精神力では無理なのだ。僅かでも邪悪な面がある、未熟な面があると判定されれば、魔導師試験は突破できていない。

「ううん。考えれば考えるほど解りませんね。魔導師だからこそ堕ちる要素になったのかも」

「それは俺も思ったんだよ。最高位であるからこそ、魔法を自由に使える立場にあるからこそ、厳密に神は見ているのかもしれないって。ううん、でもねえ。やっぱり試験を通過しているというのが引っ掛かるんだよなあ」

 ラピスの意見に今度は頷いたものの、どうにも解らないことばかりだ。やはり、マクスウェルの抱えていた闇を客観的に知ることは出来ない。

「ともかく、もう少し深く考える必要がありそうだ」

「そうだな。闇を抱えたまま魔導師試験を通過できるのか。これが大きな謎であるのも確かだろうし」

 結局はそこで話し合いは終わりとなり、それぞれ翌朝のお勤めもあることだからと就寝することになったのだった。




 その夜はマクスウェルのことを考えていたせいか、神学校の頃の夢を見た。

「あっ、マクスウェルだ」

「本当だ」

 そんな声が聞こえて振り向くと、マクスウェルが先生と何やら話しながら歩いているところだった。そう言えば、マクスウェルは同級生と話しているより、先生たちと話している方が多かった気がする。

「すげえよな。あいつって毎回どの科目のテストも百点満点なんだろ」

「羨ましいよなあ。俺なんてラテン語とかマジで無理なのに」

 話している学生たちから感じるのは羨望と嫉妬。それはそうだ。あっさりと不可能なことをやってのける同級生。どちらも感情もない交ぜにある。どちらかと言えば、嫉妬の方が多いのかもしれない。

 しかし、不思議と悪い噂はなかった。これだけ成績が不動だと、口さがない奴はとんでもない噂を流しそうなものだが、そういうのはなかった。むしろに二番手三番手が、カンニングや先生のお気に入りになることで成績を上げようとする不正が多かった。つまり、マクスウェルは完全な実力で勝負していた。

「一日中勉強してるらしいからな」

「無理無理。俺たちは無事に神父になれればそれでよしってやつだ」

 今も噂をする二人は、そう言って去って行った。たしかに、マクスウェルはぼんやりしている一瞬を除いて、いつも勉強していた。憧れを持ってマクスウェルを見ていたラグランスはよく知っている。

 そして真似して勉強しようとするのだが、大体三十分もすると眠ってしまっていた。公用語以外のラテン語などの語学は苦手だし、倫理なんて授業開始から爆睡してしまうタイプだ。素養が違う。

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