第27話 殺す気だろ

「明日、日没になったら城に来い。そう伝えるんだ」

 そんなゴルドンの反応に、マクスウェルは不快感を露わに強く言い直した。そこでゴルドンはびしっと背筋を伸す。今、自分は忠誠を試されている。ここでラグランスに同情する素振りを見せれば、それこそ自分が食い殺される。

「承知しました」

「よろしい。こちらとしても、紳士的な会談で終わることを望んでいる。そう伝えてくれ」

「はい」

 その返事に満足してマクスウェルは立ち上がった。ゴルドンは危機が去ったとほっとしてしまう。そしてそのまま帰るのかと思われたが

「そうそう。魔導師のマントは忘れずに。そう伝えてくれ」

 眼光を鋭くして言われた一言に、ぞっと背筋が寒くなった。この人はラグランスを倒すつもりだ。そうはっきりと感じ取る。

「いいね」

「わ、解りました」

 だが、マクスウェルを裏切ることなど出来ないゴルドンは、大きく頷く以外に出来ないのだった。




「そりゃあ、殺す気だろうな」

「おいっ」

 マクスウェルとの会談を終えて酒場に移動してから報告を受けたトムソンは、ヤル気満々じゃねえかと溜め息を吐く。それにフォローしろよとツッコんだラグランスだったが、否定は出来なかった。

「殺す気なのは間違いないさ。俺が少しでもラグランスに有利な条件を口にしようとしたら、マジの殺気が来たからな」

 でもってゴルドンも、危ない橋を渡ったと冷や汗を拭いながら葡萄酒を飲んでいる。生きた心地がしなかったと言い、ラグランスの支払いですでに七杯目だ。

 酒場は昼間と違って静かなもので、客はラグランスたちの他には二人しかいなかった。その二人も自警団の人間だ。みんな、マクスウェルの活動時間には極力動かないようにしているらしい。夜の静かさこそ、ここが吸血鬼と化した堕天の魔導師が治める地であることを示している。

「ううん。俺の記憶では穏やかに応じてくれるはずだったんだけど」

 ラグランスはオレンジジュースを飲みながら溜め息だ。マクスウェルが吸血鬼になった場面は衝撃的で鮮明に覚えているが、同じくらいに神学校時代のマクスウェルを鮮明に覚えている。ラグランスの中で、その両者が上手く噛み合わないままなのだ。だからこそ、倒さなければという気持ちと、話し合いたいという気持ちが同居してしまっている。

 しかし、会談に対してのマクスウェルの反応を聞く限り、彼は吸血鬼として自分と相対すると決めたようだ。それが切ない。あの頃のマクスウェルはもういない。そう言われたような気がしてしまう。

「それは仕方ないだろう。あの方が吸血鬼になって三年。その間にどれだけの人間を食らっていると思っているんだ? それだけ――昔の感覚ってのは減ってるんだろうさ。たとえ今でも魔導師として振舞っていてもね」

 ゴルドンもラグランスに同情したのか、今までとはニュアンスの異なる意見を述べた。それに、思わずどうしたんだとラグランスはその顔を見る。しかし、酔っ払った様子はなかった。

「いや。今までは剥き出しの敵意ってのを感じなかったからな。どうしても、俺たちはマクスウェル様を領主様だとして扱う。しかし、いざ敵が来たら吸血鬼としての力で排除しようとするのだと思うと、ちょっとね」

 同情的になってしまった自分に言い訳するように、ゴルドンは酒を煽りながら言う。マクスウェルが不快感を露わにすることなんて、今まで一度もなかった。それなのに、ラグランスが会談を申し込んで来ただけであの反応だ。自分たちの平和が危うい上に成り立っていることを、今更ながら実感した気分になる。

「仕方ねえだろ。魔導師と吸血鬼なんて水と油もいいところだぜ。一方は神の祝福を受けて魔法を駆使することが出来る。片や吸血鬼は神に背いた烙印を押された者なんだからな」

 トムソンは立場的に対立は仕方ないと、どちらにも付かない立場で意見を述べる。

「でも、マクスウェルは今も魔法を使える」

「ああ」

「やっぱり、変だよな。神に背いた理由が秘法にあったとしても、何かが変だ」

「――」

 ずっと腑に落ちない感覚が続く。そんなラグランスに、トムソンもゴルドンもそうだなあと悩んでしまうのだった。




 どれだけ悩んでも朝はやって来る。ラグランスは朝日の差し込む窓を見つめて、うんっと伸びをした。今日も快晴で、とても爽やかな朝だった。

 どれだけ考えても結論は出ない。ともかく、今日の会談を無事に乗り切る以外に方法はない。いつも行き当たりばったりの自分だ。今回も、特に何も考えないのがいい。そう言い聞かせる。

「でも」

 失敗は許されない。それがいつもと違うところだ。魔導師試験ですら三浪出来るように、失敗しても再チャレンジが認められている。しかし、マクスウェルとの会談は一度きりだ。そこでの結果次第では、明日の朝日を浴びることさえ出来ないかもしれない。その覚悟を持たなければならない。

「ううん」

「おっ、何だ? 意外と普通だな」

 そこにノックもなしにトムソンがやって来て、にししっと笑ってくれる。その失礼極まりないあれこれに、ラグランスは呆れてしまう。せめて朝の挨拶くらいはしないか。

「いや、もう、俺の脳みそじゃあ考えても無駄かなって」

「おいおい、それが魔導師様の言う台詞か。一応は賢者だってことを忘れているな」

「ううん。まあ、俺は例外な気がしてきた」

「ははっ。三浪しているしな」

 そこでトムソンはずかずかと部屋に入って来ると、ほらよと魔導師を示すマントを差し出した。

「あっ。そう言えばどこに置いたっけって思ってたんだ」

「まったく。そういうところが反省文なんだぞ。ラピスが洗濯してくれてたんだ」

 そう言って笑ったトムソンだったが、急に真面目な顔つきになった。それに、マントを受け取ったラグランスはどうしたんだと目を丸くする。

「いや、その、無駄だと思うんだけど、俺も城の近くまで行こうと思っている」

「それは」

 どちらにとっても危険じゃないか。ラグランスは返事に困った。

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