第28話 満月の夜
「解ってる。マクスウェルの力があるから、もし付いて行けばバレるだろう。でも、馬鹿正直に一人で行く気か?」
そして死ぬ気か。そう問われているようで、ラグランスは居心地が悪い。でも、何とか笑った。
「一人で行くよ。その馬鹿正直ってところしか、俺には取り柄がないし」
「――」
普段のトムソンだったら笑い飛ばしてくれただろう。しかし、今は真剣な目を向けてくるだけだ。ちゃんと真面目に答えろ。そう目が訴えている。だから、ラグランスも顔を引き締めて向き合った。
「この会談を成功させるには、一人で行くしかない。トムソンには、万が一に備えて残ってもらいたい」
「それは」
「死ぬかもしれないからじゃない。その先、マクスウェルと解決策を探すためにも、トムソンが必要なんだ」
「――」
ラグランスの真剣な眼差しに、トムソンもようやく納得したと頷いた。そして、ふと口を緩める。
「お前と話していると、何とかなりそうな気がするから恐ろしいよ」
「おいっ」
しかし漏れた言葉は貶しているとしか思えなくて、ラグランスは思い切りツッコんでしまった。するとトムソンはますます笑い転げる。
「いやいや、ホント。お前みたいな魔導師ばっかりだったら、この国はもうちょっとマシになるんじゃないかって思えるよ」
「嘘吐け」
そこでラグランスもようやく笑うことが出来た。ともかく、今は肩ひじ張っていても進めない。進めなくなる。
「ドジを踏まないようにな」
「ああ」
頷くと、ラグランスは久しぶりに魔導師のマントに袖を通していたのだった。
夜の空に輝くのは満月だった。ひょっとして満月になる日を待って現れたのだろうか。ラグランスは一人、マクスウェルの住む城に向かいながら月を眺めた。
今日は魔導師とマクスウェルの会談がある。自警団によってアナウンスされているため、町の中はひっそりと静まり返っている。いつでも開いている酒場すら、今日は閉店している。
そんな寂れた町の大通りを抜け、今は城へと続く森の中の一本道にいた。徐々に近づく城は威圧感たっぷりで、打ち捨てられていたようには見えないほど美しい城だった。
ひょっとして、マクスウェルが修理したのだろうか。それとも、町の誰かが気を利かせて修繕したのだろうか。ともかく、かつて領主が住んでいた頃と変わりない城がそこにはある。
では、ここの領主はどこに行ったのかというと、マクスウェルが現れるととっとと中央に逃げていた。もともと、今はマクスウェルが住む城にすら住むことがなく、都会暮らしを満喫していた貴族だ。こんな片田舎がなくなっても問題ないと考えていて、ここがマクスウェルの支配下に置かれることを、あっさりと了承した。
「ひょっとして、そういう奴が治めている場所を狙ったのだろうか」
その可能性は無きにしも非ずだなと思う。最初の吸血行為こそ唐突だったから制御出来なかっただけで、その後のマクスウェルの行動は理知的だ。どういう土地ならば干渉されないか。そのくらい弾き出すのは簡単だっただろう。そしてこの土地に住む人々と、罪人を差し出せという協定を結んだ。
「すげえな」
もし自分が吸血鬼になってしまったら。そんな冷静な行動は絶対に出来ないし、絶望してその先のことなんて考えられない。しかし、マクスウェルはその後を考えて行動することが出来た。
「そう考えると、いずれ吸血鬼に堕ちることも解っていたのだろうか」
そして解っていながら、その欲求を止めることは出来なかったということか。そう考えると切ない。
「あっ」
つらつらと考え事をしていたら、いつの間にか森を抜けていた。すぐ目の前には城門がある。そこから坂を上った先に、ようやくマクスウェルが住まう場所へと辿り着くのだ。
「ん?」
勝手に入っていいのかなと悩んでいたら、城門が開いて中から少女が出てきた。その子はメイド服を纏っており手にはランプを持っている。
「お待ちしておりました。マクスウェル様がお待ちです」
その少女はぺこりと頭を下げるので、ラグランスも釣られて頭を下げる。だが、城にマクスウェル以外の、それも食料とされている奴隷以外の人がいるなんて情報はなかっただけに、度肝を抜かれてしまう。
「えっと、君は」
「私はマクスウェル様にお仕えする、マリーという者です。同じ吸血鬼として、お慕い申し上げています」
「――」
吸血鬼がもう一人。その事実に、ラグランスはびっくりし過ぎて声が出ない。しかし、少女はどうぞと中へと促してきた。だから進まざるを得ない。
「でも、えっ?」
神の教えに背かなければ吸血鬼になることはない。それなのに、こんな小さな子も堕天したというのか。城の中へと足を踏み入れつつ、ラグランスの頭の中は大混乱を起こしていたのだった。
城の中も外観と同じく綺麗で掃除が行き届いていた。もっと廃墟をイメージしていたラグランスは、これにも度肝を抜かれてしまう。
「す、素敵なお城ですね」
「ありがとうございます」
ラグランスの感想に、マリーはにこりともせず頭を下げてくる。その反応に、何だか人形と喋っている気分になってくる。
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