第29話 再会
そもそも、この少女は魔導師ではないはずだ。それなのに吸血鬼になったと言っている。それが理解できない。ひょっとして嘘だろうかと思ったが、ここで嘘を吐いても何のメリットもないだろう。ということは、事実吸血鬼ということか。
「解らねえ。謎ばっかりじゃん」
ここに来て、マクスウェルと話し合えば総てが解ると思っていたのに、謎が増えている。どこも灯りが煌々と灯っているというのも、予想に反するものだった。
尤も、それは吸血鬼が夜にしか行動できないという、その特性から導き出したイメージだ。夜行性動物のように、夜は明かりなしで生活できるのだろう。そう勝手に想像していたが、実際は違うらしい。あくまでも血を欲し夜しか活動出来ないというだけで、人間と変わらない存在なのだ。
「こちらでございます」
完全にお宅訪問状態のラグランスを、マリーは淡々と案内する。通された場所は落ち着いた雰囲気のライブラリーだった。ただし、ここは居間としての機能もあるようで、その中央にはソファセットが置かれている。
そのソファに、会いたいと切に願っていたマクスウェルの姿があった。そこで優雅に本を読む姿は、まるで一幅の絵画のようだ。そんな姿に見惚れていたら、マクスウェルが視線を上げて微笑んだ。
「あっ」
「やあ、よく来たね」
マクスウェルは立ち上がると、笑顔で迎え入れてくれる。その顔にほっとしてしまいそうになるが、今はぐっと堪えて笑顔で返す。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いやいや。ともかく座ってくれ」
「はい」
一先ず、入ってすぐに攻撃されるなんて事態にはならなくてほっとする。ソファに座ると、改めてマクスウェルと向き合った。
その顔色が青白いのは、日に焼けることもなく、そして血を啜って生きているためか。でも、他には服装が神父服ではなくなったという以外の変化はない。
「こうやって会うのは、神学校以来かな」
「そう、だね。直接顔を合わせたのは、そこが最後かな」
マクスウェルが普通に話しかけてきているのに丁寧語はおかしいかと、ラグランスはぎこちなく返した。するとマクスウェルはにこっと笑った。
「君も、あの場面を見たのかい?」
「――」
いきなりの攻撃に、ラグランスは息を飲んでしまった。おかげで、ばっちりその場面を見ていたことを知られてしまう。
「そうか。それでも話し合いたいと来たわけだね」
「あ、ああ」
倒したいのではない。話し合いたい。それはずっと持ち続けてきた思いだ。どうして吸血鬼に堕ちてしまったのか。それが納得できないからこそ、こうして顔を合わせて話し合いがしたかった。
「ふむ。君の率直な気持ちは読み取れた」
「え?」
「ゴルドンから聞いていないのか。俺は他者の考えを読み取ることが出来るんだ。それで、敵かどうか判断している」
「あっ、えっ?」
そうだったっけ。たしか、ゴルドンは記憶を読み取れると説明していたように思うが。
「おや? 昨日のことで気づいたと思っていたんだが、違ったようだね。記憶と説明したのは、怖がらせないためさ。もちろん記憶を読み取ることも可能だ。でも、会話している相手の心の中を覗き見ることもできる」
「なるほど」
たしかに相手に感情が筒抜けだと解れば、なかなか信用を得ることは出来ないだろう。隠すのは仕方がないと思えた。なるほど、昨日ゴルドンが僅かにラグランスに同情しただけで敵意を見せたのも、そうやって心の動きが手に取るように読めるためなのか。
「ふふっ」
すると、そんなラグランスの思考を読んだのかマクスウェルが笑った。そして、その顔から完全に警戒する色合いが消える。
「君は相変わらずのようで安心したよ。よく魔導師になれたな」
「あ、うん。三浪したんだよね」
「それはゴルドンから聞いていたが――そうしないと、俺に会えないと思ったのかい?」
「いや、これは、憧れで」
ラグランスは魔導師のマントを掴んで、ちょっと恥ずかしくなる。魔導師になろうと思ったのは、マクスウェルを追い掛けてのことだ。その後に吸血鬼に堕ちたなんて関係なく、ずっと目標だった。だから、まずは魔導師になろう。そう決めたに過ぎない。
「ふうむ。それでラグランス。そうまでして俺に会いに来たのは、俺の罪は何かを聞くためだと」
「え、あ、うん。それで、力になれることがあればって」
「ふうん」
マクスウェルとしても、こんなに緩く会談が進むとは思っていなかったから、どうにも調子が掴めなかった。
いくらお人好しでも、吸血鬼相手に優しくしようとは思わないだろうと考えていた。が、ラグランスのお人好しはマクスウェルには計り知れないほどのものだった。ここまで普通に接せられると、自分が本当に吸血鬼なのか、それさえも解らなくなりそうだ。それに、ラグランスが自分に向けてくる特別な感情にも戸惑ってしまう。
「でも、君は俺を許せないんだろ? 人間を食らって生きる化け物である俺を許せない」
だから、動揺を誘おうとそう投げつける。ここでラグランスとの距離を詰めるつもりは毛頭なかった。ただ、決定的に堕ちる方を望む。罪を知りたいというのならば、総てを教えて軽蔑させるだけだ。
「それは――もちろん」
だが、ラグランスは簡単には動揺してくれない。相手に隠し事は出来ないんだったと、ラグランスは素直に頷いた。しかも、目の前にマクスウェルがいるせいで、片想いの気持ちがどんどん膨れ上がってしまう。
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