第18話 妹
「妹か。いたのかな?」
「さあ。どうだろうな。というか過去形でいいのか? まだ生きてるかも知れねえだろ」
勝手に死んでいると思ったのは、まだマクスウェルがそんな恋をしていないと信じたいせいだ。きっと、大事に思っていた妹が何か病で、みたいな美談だったとラグランスは信じたい。
「解らねえだろうが。両親がイチャイチャしすぎなのに気づいて、マクスウェルを追い出したかもしれねえぜ」
だが、そんな美談で済ませてくれないのがこの不良神父だ。しかも尤もらしい理由を言ってくれる。
「それは……神学校は完全寮制だから、離そうとしたってことか」
「そういうこと。ついでに神父にしちゃえば余計なことは出来なくなるからな。神父なんてあそこまで神に管理されているようなもんだ。しかし、それが理由で堕ちたのだとすると、卒業してから何かやらかしてるよな」
「ううむ。すでに魔導師だったマクスウェルはあちこちに外出していたから、妹に会えただうけど。で、その妹と何かしてしまったから、その罰として、まず最初に少女を襲わせたと」
「可能性としては高い」
ついに、ついに問題の核心に迫ったような気がするが、ラグランスは落ち着かない話題だ。まさか本当に、それが吸血鬼に堕ちた理由なのか。
「でも、そうすると道ならぬ恋の具体的な行動は、魔導師になってからとなりますわね。あの試験の前にそんなことをやっていたのだとしたら、通れませんもの」
「ぐっ、そうなんだよ」
そして、居心地の悪い理由がラピスによって示された。
そうだ。マクスウェルは魔導師としての資格を持っていた。だからこそ、外出して妹に会えたはずだと推論することが出来る。これがどうにも気持ち悪い。
まるで神を騙したかのような。そんな行動を、あの優秀で美しいマクスウェルが平然とやってのけたというのか。
「そうだ。最高位である魔導師資格を持っているんだ。その手前までは下手な行動はしていないってことだよな。懺悔していたくらいだし。問題はその疚しい心を抱えたまま試験が突破できたのかってことだな。あれ、かなり試練があるんだろ?」
どうなんだと、同じく魔導師の資格を持つラグランスに視線が集まる。
「う、うん。おそらく、そういう気持ちがあるのだとすれば、一ヶ月の潔斎期間でまずばれると思うよ。清浄な空気の中に身を起き続けるわけだし、あれは、本当に心の奥底まで見透かされるものだし」
「へえ。そういうのがあるんだ」
「ああ。尤も、俺が苦戦したのはその後の学科試験だけど」
「だろうね。想像に難くない」
「――」
自分で注釈をつけておいてなんだが、あっさり認められると悲しいものだ。思わずがっくり肩を落としてしまう。
「潔斎ってあれよね。お堂に籠もってやるやつでしょ」
「そう。その間に神と対話できるか。ちゃんと魔法を使いこなせるかが試されるんだよ」
「ほう。俺には不可能な試験だな」
話を聞いたトムソンは、無理だなと鼻を鳴らす。まあ、ラグランスも当初は無理かもと思ったものだ。しかし、意外にも出来てしまった。神とは何なのか、あの試験でも解らなかったが、何か超然的な存在がいることは確実に感じた。
「掴み所はないけど、神様っているんだよなあ」
そして、そこでふと気づく。試験の時、あの神との対話の間に何かあれば見透かされているはずだ。つまり、堕ちる原因もそこにあるのではないか。マクスウェルはあの試験を通りこそしたものの、試されていた。要するに、その行いをするかどうか、神は試練としてマクスウェルを魔導師にして見ていたのではないか。
「ああ。なるほどね。一度は通しておいて、その後の行動を見たってことか。そして実行すれば容赦なく吸血鬼に堕とすと。となると、神ってのは、かなりあくどい存在ってことになるな」
「まあね。でも、そんなことが起こったのも、他が完璧だったからこそだと思う。他に欠点がないからこそ通過は出来た。しかし、実際はあの試験で神は何かが引っ掛かっていたのだとすれば、他の誰もが吸血鬼に堕ちないのに、マクスウェルが吸血鬼になってしまった理由になるんじゃないかな。つまり、通過した後にその罪を犯せば吸血鬼になる。そういう仕組みになっているんじゃないだろうか」
魔導師だから吸血鬼に堕ちた。
この厳然たる事実を受け止めるには、こういう考え方しかできない。つまり、魔導師まで上り詰めなければ吸血鬼になることはない。そう考え直すしかないのだ。そして、魔導師試験において、神は魔導師になった者がどういう欲求を持っているのか見抜いている。その欲求に忠実に行動してしまうと、神の教えに背く欲求を満たそうとすると、吸血鬼になってしまうのではないか。
「つまりは、やっぱり妹あたりと道ならぬ恋に落ちていたってことだな」
今度は笑うことなく、トムソンは呟いた。試験にパスしながらも神に背いた。その事実に基づいて推理を再構成するのならば、今までの邪推も肯定されてしまう。
「そう、だと思う。あの哀れな少女こそ、吸血鬼になった答えなんだと思う」
ラグランスがそう呟いたところで、教会の中はしんと静まり返ってしまった。認めたくないが、それ以外に答えは存在しない。いや、今まで答えは目の前にあったのに、マクスウェルは完璧だと思い、その事実から目を逸らしていただけだ。
「じゃあ、どうすればその罪は消えるんですか? マクスウェルは、このままずっと、吸血鬼として罰を受けるしかないんでしょうか」
ラピスがぽつりと訊ねる。そうだ。堕ちた理由を推測したところで、その先の解決は何も見えていない。
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