第19話 続く罪と罰

「くそっ。せっかくマクスウェルのことがちょっとは解ったかと思ったけど、解決には遠いままか」

 トムソンは難しいなあと唸る。そしてそれは、ラグランスも同じ気持ちだった。

「恋が原因なのかどうか、か」

 しかも推理としては成り立っているものの、本当にそれが原因なのかが解っていない。もし誰かと道ならぬ恋をしたのだとして、それを罪として断罪されたマクスウェルを救うには何をすればいいのか。まったく解決策は見えなかった。しかも、それが妹と仮定しているが、少女との恋だったとして、どうして吸血鬼に堕とされるほどのことだと見なされたのだろう。

「マクスウェル。君は」

 何をして、どうして吸血鬼になってしまったのか。

これを、本人に問えたらどれだけ楽だろう。そして、どうやったら解決できるのか。相談出来たらどれほど楽だろうか。しかし、現実はそれさえ拒まれている状態だ。

「自警団の連中に取り入るか?」

 あまりに真っ青な顔をするラグランスに、トムソンは気の毒になって訊く。しかし、ラグランスは首を横に振った。

「まだ、いい。吸血鬼に関して、もっと具体的に調べなきゃ駄目なんだ。トム、手伝ってくれるか。ラピスも」

「おう、任せろ。対して戦力にならねえだろうけどな」

「お任せください」

 こうして、三人はもっと基本的なところから調べることにしたのだった。




「うっ」

 夜。陽が沈み切ると同時に起き上がったマクスウェルは、急激なのどの渇きに呻いた。これは吸血衝動が出る一歩手前だ。

 このままでは欲望のままに人を襲ってしまう。最近ではそうならないように気を付けていたのに。

 マクスウェルは必死に衝動を抑えようと肩を抱く。しかし、身体の震えは止まらない。誰かを襲って血を啜りたい。そんな衝動がどんどん己の中で膨らんでいく。ぜえぜえと苦しい呼吸が口から漏れた。

「マクスウェル様っ」

 その苦しむマクスウェルの様子を、いつものようにコーヒーを運んできたマリーが見つけて驚く。ワゴンを押しのけ、マクスウェルに駆け寄った。

「――っ、血を」

「血」

「ああ、早くっ」

 嫌だとは言っていられなかった。血を飲まなければ苦しさは延々と続く。そして、理性を失って誰彼構わず襲ってしまう。呻くようにマクスウェルが言うと、マリーは解ったとすぐに地下へと走っていった。適当に抵抗できない奴隷を見繕ってくるのだろう。

「――」

 このままでは、気を失っていない状態の人間の血を吸うことになるな。それが、マクスウェルには気が重い。なけなしの理性が、駄目だと訴えてくる。しかし、今日は衝動の方が勝っていた。マリーが連れて来るのを待てないとばかりにベッドから立ち上がり、ふらふらと廊下へと出ていた。

「血を、人間の血を」

 求める気持ちが普段の理性を押しのけてしまう。マクスウェルの瞳は、いつしか普段の青色から赤色へと変化する。それが血を求める、押さえ切れない吸血衝動の合図だ。視界も僅かに暗くなる。

「マクスウェル様!」

 そんな彷徨うマクスウェルを、優秀なマリーはすぐに発見した。その傍らには、縛り上げられた震える少女が立っていた。

「っつ」

 よりによってと、一瞬だけ意識がクリアになる。それは自分の原罪だ。そして、また罪を重ねろと神は唆してくる。

 悪魔は、吸血鬼はどちらだと、そう罵りたくなる。が、実際に手を汚すのは自分だけ。苦しみのもまた、自分だけだ。

「お早く」

 ぶるぶると震える少女を、マリーは無慈悲に引き立てる。ぐっと長い髪を掴み、柔らかな首筋を露わにさせた。

「っつ」

 その柔らかい肌を見た瞬間に、理性が一気に吹き飛んだ。

「がっ」

 苦しげなマクスウェルの声は、すぐに少女の首筋に牙を立てたことで消えてなくなる。

「ひっ」

 少女がひきつけを起こしたようにしゃくり上げるが、それは一度だけ。喉を食い破られ、声が出なくなる。

 しばらく、廊下にはじゅうじゅうと血を啜る音が響く。しかし、それだけでは衝動が収まらず、マクスウェルはついに少女の首の肉を食い破った。くちゃくちゃと、血を食む音が続く。

 それを、マリーはただ黙って見守る。同胞の食事風景だ。自らも同じように人肉を食むことがあるから、黙って見守り続ける。

「っつ」

 ようやく衝動から解放され、喉も腹も満たされた時、マクスウェルの手には服だけが残っていた。恐ろしいことに、総てを食い荒らしていた。硬い骨は残されて散らばっているものの、それ以外は総て自分の胃に収まってしまっていた。

「俺は」

 呆然としてしまう。床に膝を突いたまま、思考が止まってしまう。

 どれだけ求めても得られなかったもの。それを思い出させるように少女を食らい続ける自分。その罪深さが恐ろしくなる。食らう対象が少女であった時の自分の執念深い食い意地に、怖くて手が震えてしまうほどだ。

「すぐにシャワーを」

「――」

 非難する声は今はないのだと、マリーがすかさずにシャワーを勧めてくる。それに、マクスウェルはこくりと頷くことしか出来ない。しかし、傍にいるのもまた少女であることが、マクスウェルの気持ちを暗くする。

「なぜ」

 君だけを救うことが出来たのか。これもまた、一つの罰なのか。自らが同じ境遇にしてしまった少女を見続けることで、最初に犯した罪を意識し続けるようにと。

「半刻ほどしたら、コーヒーを持って来てくれ」

 どこにも答えはない。罰だけが続く。そして、マクスウェルしか何が罪なのかも知らない。そんな状況で、どこに救いがあるのか。

「俺の存在こそが罪なのか」

 マリーから離れ、服を着たままシャワー室へと行き、冷たい水を頭から被りながら、マクスウェルは密かに涙を流していた。

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