第20話 推理
この国では神に背いたものは吸血鬼になる。
その伝承があるというわりに、吸血鬼そのものに関してあまり知られていない事実にラグランスはびっくりしていた。
「あれ、こんなにも文献に出てこないっけ」
「出てこないな。そもそも、吸血鬼に堕ちた奴なんて初めて。前例がないんだろ。よく考えたら、文献にないのも当然じゃねえか」
一緒に調べていたトムソンも無理とばかりにペンを放り投げる。しかし、そのペンは素早くラピスによって回収された。
「おそらく、記録に残されていないだけで過去にいたはずです。そうでなければ、吸血鬼と明言されるはずはないですから」
「ああ、そうか、そうね」
ラピスの意見に、トムソンはそうも考えられるかと頭を掻きむしった。たしかにそのとおり。もし誰も吸血鬼になっていないのならば、吸血鬼という表現を用いるはずがない。もっと別の表現が使われていたはずだ。
「他に適切な言い方があるよな。悪魔とか悪鬼とか」
「ええ。堕落した者もの象徴ですね。しかし、神に背く行為をした者がなるのは悪魔ではなく吸血鬼なんですよ」
「そうだな」
血を啜る鬼。血肉を貪るモンスター。それを想定していなければ、この単語を使う意味はない。しかし、あまりに数が少ないらしい。
「そうだろうよ。マクスウェルの例で解ることだが、魔導師っていう最高位を得なければ無理なんだろ? というか、魔導師という地位に就けるからこそ、吸血鬼になる可能性も孕んでいる」
「うん。俺もそう思う。ということは、過去に吸血鬼に堕ちたのも魔導師だった」
「ああ。一般人には程遠い存在なのさ」
「だから、そこらの文献には載っていない、か」
「そうですね。魔導師であることを隠すために、禁書扱いにされているはずです。吸血鬼そのものの記載も禁止事項に近いのでしょう。こうして僅かに出てくるのは、枢機院の監視の目を逃れたものか、この程度ならば戒めとして丁度いいと判断されたものだけなんですわ。本当のことを知ることが出来る書物は、それこそ枢機院にしかないのでしょう」
ラピスの結論に、ラグランスは青い顔をする。ただでさえ、ここにいることが枢機院にばれたら、今度はどんな罰が待ち構えていることか。考えただけでも恐ろしい。それなのに、枢機院に行かなければ資料が手に入らないなんて。
しかも、ラグランスはここに来る前にある程度の資料を読んだのだ。そして、そこにも記載は僅かであり、ここで調べられたことと大差なかった。ということは、魔導師として申請書を書かなければ閲覧できないレベルとなる。
そんなもの、よもやマクスウェルを救うために読みたいとバレたら、反省文どころでは済まない叱責が待ち構えている。
「そんなお前が堕ちないんだから、枢機院の拳骨くらいじゃ神に背いたことにはならねえんだな」
「うっ」
まさか、自分まで実例になろうとは。
しかし、トムソンの指摘の通りだ。ラグランスだってへっぽこだろうとポンコツだろうと魔導師。神の力を用いて一般の神父には出来ない技を使うことが出来る。未だ活躍の場はないが、それはもう、結構凄い魔法が使えるのだ。それはもちろん、神に認められたからこそ使える魔法だ。だが、どれだけポンコツぶりを発揮しようと、ラグランスが吸血鬼になる兆候は現れない。
「そうそう。神の保証をラグは破ってないってことだな」
「しかし、完璧なマクスウェルは破ってしまった」
「ああ。それも幼女に絡む何かで」
「少女だよ」
幼女って言うとヤバさが倍増するだろと、ラグランスは注意する。
「しかし、少女に対してですか。それでいて、神の力の代理人たる魔導師として破ったとなると、道ならぬ恋だけでは片付きませんわね」
今までは面白そうと思ってたけどと、ラピスは何気なく酷い。
このシスター、本当に恋というものが大好きなのだろうな。憧れが暴走している気がする。
「そうだよな。恋だけで堕ちるのだとすれば、条件が厳しすぎる気がする。それこそ、死者を復活させる秘法を行ったくらいの大罪じゃないと」
「それだ。それだよ」
何気なく言ったラグランスの言葉に、今まで見落としてたじゃねえかと、トムソンはばんっと机を叩く。
「えっ」
「お前の言った、死者を復活させようとした。これならば明確な罪じゃねえか」
「そ、そうか」
「そうだよ。死者の復活ほど神を冒涜することはない。これだったんだ」
どうして今まで気づかなかったんだと、トムソンもラグランスも、そしてラピスも唖然としてしまう。
「つまり、物思いに耽っていたのも、年若くして魔導師になったのも」
「死にかけている妹がいたから。これならすんなり筋が通る」
「ああ」
今まで胸につっかえていた何かがぽろりと落ちた気分だった。そうだ。あっさりと考えられることを、どういうわけか見過ごしていた。
「それに、吸血鬼ってのは人の命を奪い続ける存在だからな。まさに、神が行う罰として、これほど適しているものはない」
「本当だ」
それはもう、びっくりするくらいに欠けていたパーツを埋める理由だった。ラグランスはどうして今まで気づかなかったんだと頭を抱える。そしてはっと気づく。
「あれだ。魔導師がすげえ奴だってのを忘れてた。そういう禁忌に近い秘法を使うことも可能なんだ」
「お前な」
自分がなった途端に凄さが半減していたというラグランスに、トムソンはしっかりしろよと呆れる。
「いや、俺がなれちゃうから」
「そりゃあ、枢機院に怒られるわ。というか、もう一回反省文を書いてきた方がいいんじゃないか」
「うっ」
自覚が足りないと、よく言われる。それは仕方ない。ただ、マクスウェルを理解したくてなったのだから。魔導師を目指した根本的な理由が間違っている。
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