第9話 落ちこぼれと不良
ラグランスは用意されていたパンと目玉焼きというオーソドックスな朝食を食べ終えると、よいせっと立ち上がってあのマントに袖を通す。一度怒られているだけに、二度と同じミスはするかと心に誓っているのだ。
「目立つだけだぜ。またケンカを売られるだけだぞ。それに、ここだったら、枢機院に言う物好きはいないと思うけど」
「うっ、それもそうか」
脱いでいけばと、トムソンはそんなラグランスの決意を挫く。確かにこの町では魔導師用のマントは目立つ以外、役に立たない。ラグランスは袖を通したマントを溜め息とともに脱ぐ。それにトムソンはまたしても笑ってくれる。
「ちっ。あの反省文の恐ろしさを知らないから笑っていられるんだ」
「ははっ。すでに反省文を食らったのかよ。いいねえ。そういう奴は大好きだぜ。だが、ここの総ての決定権はマクスウェルにあるんだ。解ってるだろ?」
「そうか。枢機院も手出ししないのか」
「当たり前だろ。基本だよ基本。お前って柔軟性が足りないんじゃないか」
「――」
会って二日。助けてもらったけど、ずばずばと痛いところを指摘されて、ラグランスは心が折れそうになる。こいつとこれから実態調査なんて出来るんだろうか。マクスウェルに会う前に自分が駄目になるのでは。そんな不安が頭を過ぎる。
「本当に魔導師らしくない」
それが思いっきり顔に出てしまって、ますますトムソンに笑われる。自分が魔導師に向いていないというのを、思い切り自覚させてくれる奴だ。
「いいんだよ。目的はマクスウェルを救うことなんだから」
「ほう。やっぱ、本音は救いたいんだ。友達思いだねえ」
「うっ、まあね」
思わず口から出てしまった本音に、ラグランスは口を尖らせた。まあ、これだけポンコツであることを理解している相手だから、言っても問題ないのだろうが、実際には絶対に言ってはいけない意見だ。
それもそのはず。マクスウェルはあの伝説を初めて実証してしまった、いわば重罪人なのだ。しかも魔導師でありながら堕ちた。そんな相手を、同じ魔導師という最高位にいる者が救いたいなんて、間違っても言ってはならない。だからトムソンも、初日には倒すことは無理だという話ばかりをしていた。
でも、どれだけ心の中に怯えがあろうと、ラグランスにとってマクスウェルは初恋の人で、まだ片想いしている相手だ。重罪人だと断罪することなんて出来ない。
「救いたいのは、この町の連中だって同じさ。でも、難しいだろうな。そもそも、吸血鬼になった奴が今までにいなかったんだぞ。助ける方法なんてあるのか。それも解らないってことだよな」
トムソンの指摘に、そうなんだよなあと頷くしかない。魔導師になれば、色々な文献を読むことが出来るのだが、その秘蔵文書の中にも、吸血鬼に関する記載はほぼなかった。
「ほぼ」
「ああ。言い伝えをちょっと詳しくしたって感じかな」
「ふうん。ということは、よほどのことがないと堕ちないってことか」
「だと思う」
相手が神父だというのは相談しやすいなと、ラグランスはようやくトムソンが神父だと認めていた。これぞお互い様というやつだ。
「だよなあ。簡単に吸血鬼になるんだったら、俺とか真っ先になってそうだし」
「自分で言うか」
「不良であることは自覚済みだ。お前さんが落ちこぼれ魔導師であるのを認めているようにな」
「うっ」
しかし、まだまだ言い負かされるラグランスだ。そんな馬鹿な言い合いをしていたら、二人の間に何かが飛んできた。それはもう、剛速球とはこのことを言うのだというほど勢いよく。
「――」
「――」
二人の間を通り抜けて、がたんっという大きな音を立てて転がったのはバケツだった。恐る恐る投げられた方を見ると、ラピスがにっこりと微笑んでいる。
「えっと」
「無駄話をする暇があるんだった、掃除でもしろ!」
そして二人まとめて怒鳴られるのだった。
「ラピスこそ魔導師になるべきじゃないかな。そんな気がしてきた」
「ああ。別に年齢制限も性別制限もないからな。今度、勧めておこう」
そんな会話をしながら町を歩くラグランスとトムソンは、途轍もなく疲れていた。というのも、みっちり二時間掃除してから出ることになったせいだ。それはもう、普段は掃除しないような祭壇の裏側なんかまで掃除した。人数がいるからと、ラピスは勝手に大掃除デーにしてしまっていた。
「夕食までには戻って来なさいよ。ご飯の用意が面倒になるんだから」
そして、そんなお母さん的発現をして送り出してくれた。二人の手には、途中でお昼を食べるだろうと、サンドイッチまである。
「余計な金は使うなって事だけどな。うちの教会って金が無いし」
「ああ。やっぱりここだと教会は風当たりが強いのか?」
「いいや。それはないね。俺がこんな不良だってこともあるんだろうけど、教会といってもいつも通りだよ。暴動によって襲撃されるなんてことはまずない。そもそも、一般の神父である俺には、マクスウェルを倒すほどの能力もないし。金が無いのは単に王朝からの分配がなくなったせいだよ。町の人がお布施をくれるから食いっぱぐれないけどさ」
「なるほどねえ」
そこだけ煽りを食らうんだな、とラグランスは複雑な気分だ。
目を向けると、町中の様子は昨日と同じく非常に普通。どこにでもある地方の町そのものだ。パン屋からは焼き立てのいい香りが漂い、酒場では昼間だというのに酒盛りをしている男たちがいる。威勢のいい呼び込みをする八百屋があり、子どもたちがバタバタと駆け回っている。
「マクスウェルは、この町を大事にしているんだな」
あまりに普通。しかし、それがどれだけ大変なことか。
王朝の庇護がないこの場所は、まさにマクスウェルが守っているのだ。魔導師として、そして吸血鬼として、ここの秩序を守り、流通を確保しているからこそ、ここは普通のままでいられる。
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