第8話 三浪しました

「ちょっと記憶を覗かせてもらっても?」

「え、ええ。もちろん」

 吸血鬼の特徴の一つとして、他人の記憶を盗み見ることが出来る。マクスウェルはゴルドンに近づくと、すっと額に人差し指を当てた。すると、脳内にゴルドンの見た景色が再現される。

「できるだけ、その魔導師の記憶に集中して」

「は、はい」

 あまり他の記憶は見たくないマクスウェルの配慮のある指示に、ゴルドンは頑張ってラグランスのアホ面を思い浮かべた。

「見えた」

「――」

 自警団の団長をやっているから、この記憶を覗かれるというのは何度かされたことがある。しかし、いつも冷や汗が出るのを抑えられない。まるで総てを覗かれているようで、やっぱり気分のいいものではない。

「まさか、こいつが魔導師になれていたとはな」

「え? お知り合いですか?」

 指が離れ、マクスウェルが意外なことを言うので、ゴルドンは目を丸くしてしまった。昼間見たラグランスとマクスウェルでは、まさに月とすっぽん。天と地ほどの開きがある。

「まあね。神学校で一緒に学んだ一人さ」

「あ、ああ。学校でか。そうですよね。あのアホと友人なわけないか」

 ははっと笑ったゴルドンだが、マクスウェルが何か考えるように顎に手を当てているので黙る。

「トムソンの友達だと言ったな?」

「え、ええ。俺たちが追い払おうとしていたら、トムソンが友達だって言ったんです。で、二人揃って教会に行っちゃいましたよ」

「ふむ」

 すんなりとは納得出来ないなと、マクスウェルは眼光を鋭くする。それに、ゴルドンがひっと短く悲鳴を上げた。

「ああ。悪い。すまないが、そのやって来た魔導師、監視していてもらえるか」

 自分の眼光にゴルドンが恐れているのを感じ取り、そっとマクスウェルは視線を外した。それにゴルドンはほっと溜め息を吐き出す。やはり、吸血鬼という捕食者としての視線は人間には耐え難いものだ。

「もちろんです。やっぱり、王朝が派遣した奴ですか?」

 しかし、この町にはマクスウェルが必要なのも確か。ビビっている場合ではない。むしろ問題はその平穏を乱そうとしている魔導師だ。

「いや、それはないだろう。そうするつもりならば、まず、食料を絶っているさ。戦うつもりならば俺に食料をくれてやる理由なんてないからな」

「あ、ああ」

 毎月のように奴隷を乗せた馬車が来るのを、ゴルドンも見ている。馬車は檻になっていて、その中は覗けないように布が掛けられているが、ちゃんと今月も届けられたのを、町の誰もが知っていた。

「たぶん、王朝とは関係ない。だが、魔導師が近くにいるというのは目障りだ。ここまで来た理由は本当にトムソンに会いに来ただけなのか。それとも何か別の目的があるのか。しっかり監視してくれ」

「解りました」

 頷いたゴルドンは、任せろと力こぶを作ってみせる。それに、マクスウェルは、ちゃんと微笑みを浮かべて答えた。

どんな状況であっても魔導師としての気品を忘れずに振る舞う。たとえ相手が自分を吸血鬼として恐れているとしてもそれは変わらない。それは、マクスウェルが己を保つために課していることの一つだ。

 たとえ目の前にいる男を美味そうだと思っても、それを堪えてみせる。町に姿を現すのは、まだ自制心があることを試しているようなものだ。

「頼んだよ」

 マクスウェルはそれだけ言うと、早々に城へと戻っていた。




「ラグランスって長いから、ラグでいいか?」

「え? まあ、いいけど」

 朝、小さな食堂にて朝食をもそもそと食べるラグランスに、トムソンはそんな提案をしてきた。おかげでどうして呼び方の相談を、と首を傾げる。というかこいつ、もはやラグランスを魔導師として扱う気すらなさそうだ。

「いや。そこはほら、友達ってことになってるから」

 そんなラグランスの疑問を読み取って、トムソンは苦笑して説明していた。このおとぼけ男が本当に魔導師なのか。こちらの自信がなくなってくる。

「ああ。そういえば」

 町のど真ん中で吐いた嘘を、今になって思い出す。あの不良っぽい皆さんが自警団だと解った今、その嘘を突き通さないことには町から追い出されるだけだ。

「大丈夫かよ。本当にお前、よく魔導師の試験に通ったな」

「うっ……三浪しました」

 ここはもう正直に言っておいた方がいいと、ラグランスは目を逸らしつつ白状した。すると、トムソンは一瞬固まり、そして大笑いを始める。

「さ、三浪って」

「いや、他に表現のしようがないし」

「いやいや。お前に根性があることは解った。あれを三回も受けるなんて、そんな根性は普通ないぜ」

「え? そうかな?」

 とまあ、肝心なところがずれているのがラグランスの特徴だ。自分が出来ることは周囲も出来て当然。そういう発想をしがちである。つまり、自分がどれだけ特殊なのか、どれだけ優秀なのかに気づいていないのだ。それにトムソンはなるほどねえと、一人納得する。

「なんだよ?」

「いや、お前が普通の魔導師と違う理由が見えてきたなって思ってね。あっ、俺のことはトムって呼べばいい」

「ああ、はいはい」

 と、こんな感じで抜けた朝がスタートする。本当に大丈夫かよとトムソンは心配になるが、あの難関試験を三回も受け、それで通った男だ。信用するしかあるまい。

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