第4話 今でも魔導師
そう、吸血鬼は人間を捕食する。その名前の通りに血を飲むわけだが、ついでに肉を食らうこともある。それが特徴だ。そして、人間を食らうことで能力が格段に上がる。つまり、能力のためにも人間を食らい続ける。まさに本能のままに行動する生き物だ。
これは、マクスウェルを密かに観察して得られた情報、らしい。若干どころかかなり不確かな情報が入っていることは、町の状況の乖離を思えば解る。が、食べるのは事実だ。
実際、ラグランスの目の前で一人の人間が食われた。それも衝動的に食らいついたように見えた。じゅるじゅると血を啜り肉を食らう姿は、三年経った今も鮮明に記憶している。
そして、彼はその被害者のぼろぼろになった身体を抱きかかえたまま、どこかに消えてしまった。しかし、すぐにこの町外れの古城を拠点とし始め、今に至っている。
「俺は、マクスウェルと話がしたいんだ。どうして吸血鬼に堕ちてしまったのか、ちゃんと知りたい」
「――」
ぽつりと呟いた言葉に、トムソンもラピスも顔を見合わせた。その素直な呟きに、どうやら今までやって来た魔導師とは違うらしい。それが伝わった。
「本当に友達だったの?」
「うん。俺は落ちこぼれだったけど、一緒に神学校で学んだ同級生だった。だからまあ、向こうが友達と認識しているかは怪しいんだけど」
それに、こっそり恋心を抱いていたことは言えない。マクスウェルにも伝わっていなかっただろう。
「おやおや」
同級生だったという言葉に、トムソンはオーバーに驚く。なるほど、それで若くして魔導師になろうと思ったのかと、ようやく納得した。神に仕える者の最高位であり、賢者という別称があるせいか、魔導師を目指す平均年齢は四十歳前後だと言われている。マクスウェルにしてもラグランスにしても、魔導師になるには早すぎる。
「マクスウェルは、史上最年少で魔導師になったんだ。まあ、知ってるよね?」
ラグランスの確認に、ラピスは大きく頷いた。
「稀に見る天才。真の賢者。そう呼ばれていたそうね。だからこそ、吸血鬼になった彼は完璧だ。それが、この町での認識」
「え?」
吸血鬼であるマクスウェルは完璧。その言葉に驚かずにはいられない。いや、この町が普通だったことを考えれば、恐怖で押さえつけているだけではないことは解るが。
「そういうことだ。マクスウェルはここの住民に対して、紳士的な態度と魔導師としての態度で臨んでいる。王朝ではどう言われているか知らないけどね。マクスウェルは理由もなしに町に手出ししたりしない。まあ、今では王朝が食料を供給してくれるから、手出しする必要はないだけかもしれないけどな。でも、その前からむやみやたらと食い殺すなんてことはしてないんだ」
「そ、そうなんですか?」
何だかイメージと違う。というのは、ラグランスが吸血行動を見ているせいだろう。あの恐ろしい場面が頭に焼き付いていて、いつでもどこでも本能のままに振る舞っているのだと思ってしまっていた。
「吸血鬼となってしまった以上、夜しか活動できないけどね。でも、彼は今も魔導師であり賢者なんだよ。ちゃんとその職務を全うしている。人々の安寧を第一に考えているんだ。だから、俺たちは彼の力に頼って生きている。ただ、吸血行動は彼にとって必要不可欠だ。血を飲まないと死んでしまう。それに、日の光を浴びても死んでしまう。そういう生き物になってしまったわけだな」
さすが地元民。トムソンの説明は非常に解りやすかった。しかも、今も魔導師として活躍している。これは意外だった。神の道理から外れたというのに、神の力を行使しているのか。
「この町に来た当初、彼は基本的には、罪を犯した者を食らうことにしていた。町としても、そのルールは非常に解りやすいから、彼の食料になることは同意出来るからね。しかし、中にはこの子のように反発する人もいる。それはそうだよな。俺たちとは別の生き物で、俺たちを食う。それは消せない事実だ。しかも、一時は小さな罪を犯した者でも食料になっていたからさ」
「ああ」
そうか。いくら罪人だけに限ってみたところで、絶対量が足りなかったんだとラグランスは気づく。それはそれで、些細な罪さえ犯せないという恐怖を植え付けることになる。
「どうやらマクスウェルは一ヶ月で十人ほどの血が必要みたいだからな。王朝も、ちょっと多めに渡してきてるだろ?」
「ええ。確か二十人でしたかね」
具体的な数字が出てくると、余計に気持ちが暗くなる。それだけの人間が、マクスウェルの食料として殺されている。どうしても、奴隷だから、食料だからと割り切れない気持ちが大きい。
「まあ、そうやってマクスウェルもこの町の人間には手出ししなくなって、いよいよ俺たちは彼に頼って生きることになったんだよ。王朝からの支援はマクスウェルに対してしかないからな。俺たちのことを面倒みてくれているのは、彼しかいないんだ。魔導師として、賢者として、あの人は町を守ってくれている。自警団を作ったり流通を確保してくれているのも彼だ。解るか。誰もが彼を守っている。それは守られているからだ。だから、あんたには敵意の目が向けられるし、自警団も追っ払おうとする」
「――」
実情は自分が思っていたよりも複雑で、そしてマクスウェルが今も正常であることを示すものばかりだ。
「では、どうしてマクスウェルは、吸血鬼なんかになったんでしょう」
ラグランスにはそれが解らなかった。今も尚、神の罰を受ける身でありながら魔導師として生きている。この矛盾はどこから生まれるのか。
「さあな。それは本人以外に解りようがないんじゃないか。少なくとも、吸血鬼は彼だけだ。この世に、他に吸血鬼はいないんだろ?」
トムソンの確認に、ラグランスは小さく頷く。
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