第3話 トムソンとラピス

 同士という気分はその姿を見て消えてしまった。

 それもそのはず、助けてくれたのは何とも胡散臭い神父だった。何だか軽薄そうな感じがあるし、何より神父服を着崩している。真面目にやっているように見えなかった。

 ピアスもしてるし、髭も生えてるし、何なんだ、こいつ。年齢は二十一のラグランスより上な感じ。三十代だろうか。

 けれども、町の不良たちはこの神父を知っているようで、なんだそういうことかと、納得している。

「トムソンさん。友人は選んだ方がいいぜ。こいつ魔導師らしいけど馬鹿だぜ」

「――」

 本人目の前に指摘すんなと、ラグランスはぶるぶると震えそうになる。が、神父がまた肩をばんばんっと叩いてきたせいで、それどころではない。

「そうだろう。馬鹿なんだよ。そういうところがいいんだって。ほら、賢者様なんて堅苦しい奴ばっかなのに、こいつには堅苦しさなんてないだろ。ゼロだよゼロ。そこがいいんじゃないか」

「ああ、たしかに」

 会って数秒の神父と、絡んできた不良が勝手に納得し合っている。非常に、非常に悔しい。遺憾だ。こんなことがあっていいのか。しかも反論する機会はなく、たぶん、反論しても馬鹿にされる気がした。

「ちゃんと見ててやれよ。マクスウェル様にバレたら大事だぜ。友人もろとも八つ裂きにされて食われちまうからな」

「ああ。悪かったな。こいつにはちゃんと注意しておくからさ。その調子で警備を頼むよ」

「おう」

 そんな会話を経て、ようやく不良たちは去って行った。しかもあの不良たち、単ある不良ではなかったらしい。自警団の一員だったようだ。

「おい。大丈夫か。魔導師ってのは感情を表にしてはならないはずなんだけど」

「――た、助けていただき、ありがとうございます」

 まさにそのとおりの指摘を受けて、ぐうの音も出ない。そう、魔導師は国の威信でもある。顔は常に無表情であることが美徳とされ、笑顔は時を選んできっちり微笑むものとされている。

 その笑顔を今見せるべきなのだが、ラグランスはむすっとしてしまった。無理なものは無理。そんな美徳なんてくそくれえだ。

「ははっ。本当に魔導師らしくないな。でも、着ているマントは本物だし、何より魔導師ではないものがそれを着たら死罪だからな。偽者ではないんだろ?」

「もちろんですよ。それより、あなたは?」

 胡散臭さはあんたも一緒だろと、ラグランスは訊き返す。

「ああ。俺はこの町の外れ、ほら、お城と反対側のこんもりした丘の上に小さな教会があるのが見えるだろ? あそこで神父をやってるトムソンってもんだ。魔導師様のお名前は?」

「ば、馬鹿にされている気がする。ラグランスです」

 素直に名乗ると、頭をわしゃわしゃと撫でられた。さっきの悪口ではないが、完全に犬扱いされている。

「ははっ。素直でいいねえ。そんな奴が魔導師なんて似合わない職業をしているのは、あれか?」

 そう言ってトムソンは教会と反対方向の城を指差す。そう、マクスウェルの住む城だ。

「え、ええ。それが目的です。あと、似合わないってさらって言わないでもらいたいですね。一応、そのマクスウェルと切磋琢磨した関係で、ぐぅ」

 そこでトムソンに口を手で掴まれ、喋れなくなる。

「マクスウェル様、な。町で下手な発言はしない方がいいぜ。ここはマクスウェル様が絶対だ。いいか」

 こくこくと頷くと、口を解放してもらえた。なるほど呼び捨て厳禁。ここではマクスウェルが絶対君主というわけか。それにしても、先ほどの不良っぽい自警団の様子から解っていたことだが、マクスウェルはここの領主として住民たちにちゃんと認識されているらしい。

「どうにも妙なことばかりだな」

「ははん。その様子だと噂だけ信じて乗り込んで来たというところか。じゃあ、詳しいことを教えてやるから、あんたの話も聞かせろ。どうせその調子じゃ泊まるところもないんだろうし、うちの教会に泊まりな」

 そういうわけで、トムソンの住む町外れの教会へと移動することになったのだった。




「魔導師を拾ってくるなんて、あんたバカ?」

 教会にて、馬鹿にされるのはラグランスではなくトムソンだった。彼はまあまあと宥めつつ、ガンガン詰め寄ってくるシスターに苦笑している。

 小柄なシスターは非常に可愛らしい女性だが、その言葉は刃のように鋭く、勢いは戦車のようだ。

「それにしても、どうして魔導師がここにいるのよ。王朝はここを刺激しないと決めているはずよ。魔導師は進入禁止のはず。討伐しないと決めているんだからね。それに奴隷を餌として献上しているのは周知の事実でしょ。それなのに、なんでいるの?」

 ずびっと指差され、矛先がラグランスに向いた。

「こいつ、そのマクスウェルとお友達だったんだと」

「はあ? こんなアホ面の男と?」

 シスター、一切の容赦がない。ラグランスは思わず顔を引き攣らせていた。

「いや、一応彼も魔導師だから。見た目通りの馬鹿じゃないはずだし、アホでもないはず」

 そんなラグランスを不憫に思ったのか、頑張ってトムソンが取りなしてくれるが、それがますます情けなくなる。

「もう、何とでも言ってくれ」

 自分が馬鹿だということは自覚しているので、弁明してくれても恥ずかしさしかない。だからもう、その点に関しては解放してもらいたかった。

「いやあ、悪いね。こちらシスターのラピス。非常に口が達者だ」

「そのようですね」

 紹介されたラピスは、ふんっと鼻を鳴らす。ま、そんなことをやっても可愛らしさが損なわれないのだから、かなりの美人なのだ。いや、美少女なのだ。

「それで、魔導師なのは見た目で解るわよ。どんな馬鹿でも魔導師詐欺なんてやんないから。やったらどんな目に遭うか解らないものね。大昔にあった事例では、そいつは丸裸にされた上に火あぶりにされたんだったっけ。で、何しに来たの? 私たちは吸血鬼と運命共同体でやってんのよ。下手に刺激して食われたくないの」

 そんなラピスが言った言葉が、ラグランスの胸にずどんっと刺さる。魔導師詐欺の人物の末路は横に置いておいて、食べられたくない。その言葉が非常に重かった。

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