第2話 ルビジ町
「あれか」
もともとは、小さな町だった場所だ。いや、今でもちゃんと町だ。しかし、他の地域との交易が途絶えて久しい。マクスウェルの献上品としてあれこれ支給されているというが、経済活動が完全に止まっているはずだ。地獄絵図を覚悟して旗の下を抜けると
「あれ?」
意外にも普通だった。人々が行き交い、楽しそうに生活している。
「ええっと」
伝え聞いたところによると、それはもう最悪の状況だということだったが、どういうことだろうか。飢餓が蔓延し、盗み殺しは当たり前。死体はそのままマクスウェルの元に運ばれて、ご機嫌取りに使われているなんて話まであったのに。ところが、至って普通の光景が広がっている。何だか出鼻を挫かれた気分だ。
「噂って、当てにならないなあ」
商店が立ち並び、行き交う人々は普通に生活している。極端に痩せているなんてことはない。非常に健康そうだ。強盗が頻発している様子もなく、お店は普通に営業中。そこに並ぶ品物はどれも新鮮そのものであったり最新のものであったりと、ここが取り残されているようには見えない。
そう、どこをどう取っても普通。町の奥にみえる古城、打ち捨てられていた城を今は吸血鬼となったマクスウェルが使っているのだが、そこを畏怖して生きている感じにはどうにも見えない。まるでここに堕天した神父なんていないかのようだ。
「いや、それは違うか」
しかし、町を歩き始めて気づくことがあった。誰もが、自分に対して敵意を持った目を向けてくるということだ。
その理由はもちろん、ラグランスの格好にあるのだろう。
魔導師の資格を得ると制服を与えられる。これがまあ、目立つのだ。中は神父服と変わらないのだが、先ほども誇らしげに翻したマントが目立つ。紺色のマントにはこれでもかと金糸の刺繍が施されている。目立たないわけがない。それもそのはずで、魔導師は国の威信を背負うものでもあるからというのが理由だ。しかも、恐ろしいことにそれは常に身に着けていなければならないとされている。
つまり旅に出ていようが関係ない。着ていなければ即、中央の枢機院呼び出される。そして延々と説教を食らった上に、反省文五十枚の刑が待ち構えているのだ。これがまあとても恐ろしい。
なぜラグランスがこれを知っているかといえば、ご想像の通り、すでにその罰を食らったことがあるせいだ。その時のことを思い出し、ラグランスは思わず遠い目をしてしまう。
寒冷な気候であるので、日頃着ることに問題はない。ないのだが、常に魔導師ですよと宣伝しながら歩かなければならない。これが、意外と精神的にきつい。もちろん、魔導士資格を持つからにはそのくらいの気構えが必要ということなのだが、ラグランスにはきつかった。
「いや、だって無理な時もあるじゃん」
思い出してはつい言い訳をしてしまう。うっかり脱いで出歩いてしまったのが悪いのだが、それだって理由があってのことだ。旅に必要なものを揃えたいのに、あちこちで
「魔導師様、どうか有り難いお話を」
だとか
「病を得たものがおります。どうぞご祈祷を」
と呼び止められる。これが非常につらい。まったく先に進めない。自分のことを優先するなということだろうが、ラグランスには明確な目的がある。それなのにと、その目的が全く果たせそうにない。
多くの人を救うため、マクスウェルに会いに行くという目的のためには、ちょっとの規則違反は仕方ない。そう考えてのことだったが、世の中、そんな理由が通るほど甘くなかった。
「ラグランス神父。枢密院に来るように」
にこっと笑って呼びに来た枢密院職員の笑顔を、ラグランスは一生忘れないだろう。結果、二時間のお説教と反省文を書くことになった。すでに魔導師として顔を覚えられていた。この事実を、ラグランスは失念していたのだ。で、日頃から魔導師に不満のある奴がマントを着てませんでしたと密告したというオチ。
「はあ」
そして今、敵意むんむんの視線を向けられている。これ、どうしたらいいのだろう。というか、どうして敵意を向けられるのか。だって、吸血鬼問題を解決しようとしているのに。まさかこの町にいる人たち全員が魔導師に不満があるというのか。
「おい」
とぼとぼと歩いていると、見るからに不良な方々に声を掛けられた。手には剣やら斧やら、昼間だというのに火のついた棒を持っている。明らかにヤバい。五人組のその不良は、鋭い眼光でラグランスを睨んでいた。
「あ、あの」
「てめえ、王朝のイヌだな。ここはマクスウェル様のお膝元、即刻立ち去りやがれ」
「え?」
予想していなかったことをバンっと言われ、ラグランスは目を丸くするしかない。えっと、それって、どういうこと?
「おい。こいつ賢者のくせに馬鹿らしいぜ」
「まったく。大丈夫かよ」
目を丸くしていると、すぐに罵倒された。酷い。いや、馬鹿なのは事実なのだけど。しかし、一応はちゃんと試験に通ったのだ。お前らよりは頭は良い。三浪したけど。と、ラグランスの胸の内は複雑だった。
「おいおい。何も知らずに迷い込んだんだったら、このまま通り抜けてくれれば見なかったことにしてやるよ」
「そうそう。馬鹿をいたぶるのはかわいそうだからな」
がははっと、男たちは笑いながら絶好調に馬鹿にしてくれる。さすがに腹立ち具合が限界に来て、つい右手に力を込めて魔法を使いそうになった時――
「おいおい、こんなところにいたのかよ。探したぜ。その方は私の友人なんですよ。すみません、はぐれてしまったようで」
と、爽やかな声がして、ばんばんっとラグランスの肩を叩く奴がいた。
「え?」
「そのまま黙って」
再び目を丸くするラグランスに、神父服を着た気さくな男は、話を合わせろと合図してきた。どうやら助けに入ってくれたらしい。さすがは同士。
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