【BL】堕天の魔導師
渋川宙
第1話 堕天
この国では、神に背くとみな等しく吸血鬼になってしまう。
何がどうなれば吸血鬼になるのか。誰も知らなかった。単なる言い伝え、戒め程度の話だった。神に背くような行いは、日の光を浴びて生活することが出来なくなる。そういうことだろうと、誰もが解釈していた。
しかし、事実はそれ以上に残酷だった。吸血鬼は何らかの比喩ではなく、本当だったのだ。さらには、それは強力すぎる呪いでもあった。
それが起こったのは、今から三年前のこと。そう、つい最近、これは事実だと人々は知ったのだ。
一人の有能な神父であり魔導師であった男が神に背いた時、彼は言い伝えの通りに吸血鬼へと堕ちてしまったのだ。目撃した者も多数おり、それが言い伝えではなかったことを、多くの人は知ることになった。
堕ちた神父は突然、目の前にいたいたいけな少女に食らいつき、その血を一心不乱に啜った。その後はもう、恐怖とパニックだった。少女から引き離そうとしても離れず、魔導師として習得した能力を用いて邪魔する者を排除した。
吸血鬼は非常に凶暴な生き物だと、話の通じる相手ではないと、この時、初めて痛感させられた。彼らにとって自分たちは単なる食料でしかない。その事実が、とても大きかった。神父は少女の血を啜るだけでは飽き足らず、さらにその血肉を貪り、腹が満たされるとその場を去って行った。
それから三年の月日が流れた。
堕ちた神父、吸血鬼と成り果てた彼はある地域を支配し、領主のように振る舞っている。
だが、これは他の地域に被害が出ぬよう、そうするしかなかったと言うべきか。本来その地を治めるべき領主や国王は、吸血鬼がこちらまで浸食して来ぬよう、定期的に食料となる奴隷まで献上しているほどだ。
闇の王を刺激しないのが一番。魔導師を倒すというだけでも至難の業だというのに、さらに化け物と化した奴は手に負えない。とはいえ、吸血鬼といえども元は人の子。いずれ寿命が尽きる。その瞬間を待つしかない。それが、国家の下した判断だったのだ。
でも、それでいいのだろうか。
呪いを解く方法はないのだろうか。
彼が背いたこととは何だったのか。結局、その点は解明されていない。
では、何が吸血鬼になる条件なのか。
「俺が、解決してみせる。大好きな君を、取り戻すために」
魔導師としての資格を得たラグランスは、遠くに見える城をきっと睨み付けていた。
魔導師。
この言葉の響きに憧れる人は多いだろう。胸を張って歩くラグランスもまた、この名称が持つ蠱惑的な響きに引き寄せられた一人だ。それはあの最悪の瞬間が訪れる前から魅了されていて、必死に努力した。
「ふふっ。ついに俺も崇め奉られる魔導師の一人」
魔導師の称号を持つ者を示すマントを翻し、ラグランスは思わずにやにやしてしまった。
この国では魔導師とは賢者でもある。つまり、魔導師を名乗るための試験は超難関なのだ。それをパスするのに、ラグランスは三年を費やす羽目になった。術法は完璧なのだが、一般教養が大変すぎた。暗記科目が死ぬほど苦手だったのだ。
どうしてこれほどの教科が必要なんだと、分厚い参考書の数々と格闘しつつ、何度試験問題を呪ったことか。そもそも、神父の資格を持っていないと受けられない試験なのに、さらに難関試験を用意している意味が解らない。そう何度も何度も悔しい思いをしつつ、机に齧り付いた。
「彼と同期だったなんて、誰も信じないほどにな」
試験に費やした時間の長さを思い出し、ラグランスはふと遠い目をしてしまう。自分と彼との差の大きさをつくづく実感したものだ。それに、自分がなかなか試験に合格しないせいで、どれだけの人が、彼の餌食となったのだろう。そう思うと、非常に胃のあたりがキリキリとしてくる。
「さて」
それはともかく、無事に魔導師となり、ラグランスはようやく使命を全うできるというわけだ。それはもちろん、堕ちた神父を助ける、もしくは討伐する。
ラグランスがそこまで堕ちた神父を思うのはもちろん、彼のことを密かに愛していたからだ。共に魔導師を目指す同級生以上の感情を、ラグランスは持っていた。あちらは、ラグランスのことなど何とも思っていなかったかもしれないけど。悲しいかな、片想いだ。
それなのに、彼は堕ちてしまったのだ。今でも信じられないが、目の前で起こったことを否定することは出来ない。憧れ、勝手に恋心を抱いていた友人は、吸血鬼に成り果ててしまった。
友人の名、堕ちた神父の名はマクスウェルという。眉目秀麗、頭脳明晰、高身長と、ラグランスの持たないものの総てを持っていた男だ。それなのに、彼は吸血鬼になってしまった。
口さがない人は、あまりに完璧を求めすぎて堕ちたのだろうと言う。しかし、それは清廉潔白であれという神の教えに背くことなのだろうか。吸血鬼になる唯一の条件が神の教えに背くである以上、何だかしっくりこない。
この国、クロマン王朝と呼ばれるここでは、クロマーという神を唯一神としている。クロマーはこの国を作り上げ、色を作り出したとされている。それまでは灰色の世界が広がっていたというのだ。
「まっ、実際は知らんけど」
神父であり魔導師であり賢者である者が絶対に言ってはならないことを、さらっと言っちゃうラグランスだ。そこは、「そうそう、さすがクロマー様サイコー」というべきところだ。こういうところが、彼が試験に落ち続けた理由の一つだと、本人は全く気づいていない。
そのクロマン王朝の西の端、そこに、吸血鬼になってしまったマクスウェルの支配する地域があった。ひたすら森を歩いてきたラグランスは、ようやくその支配地域の入り口が目に入る。といっても、古びた旗があって、ようこそルビジ町へと書かれているだけだが。
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